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歌の村
メルタは小さなころから歌が上手だった。
鈴を転がすような可愛い声で歌うとメルタの家の周りには花が咲いた。
メルタの家は村の中では貧しかったが、メルタのその力は村人たちの知るところとなり、気候も良いこの村では、メルタを使って花を出荷し、収入っを得る事を村の会議で決めた。
この村の人たちは元々歌が大好きで、みんなが色々な歌を歌っていたので、メルタも自然に歌を覚えていった。
メルタが5歳を過ぎる頃には30曲ほどの歌を歌えるようになっていた。村の歌自慢の人々がメルタにどんどん歌を教えたのだ。
歌が違えば咲く花も違う。
季節を問わず、花畑で、時にはハウスの中で、パンジー、ビオラ、マーガレット、ダリヤ、村人が名前を知らない花までもが、みた事の無いような色々な色で美しく咲き誇る。
メルタは、友達が幼稚園に行っている間も、幼稚園にはいかずに歌っていた。
5歳になっていれば、自分の歌で自分の家が潤っていくのも理解できる。
メルタは歌う事が好きだったので、歌う事は嫌ではなかった。
おまけに美味しいご飯が毎日食べられるようになった。
村人たちも、村に収益を上げてくれるメルタを大切にしてくれたし、メルタの家もだんだん裕福になって行った。
さて、メルタが小学校に上がるようになると、音楽の時間にメルタが歌うと、学校の花壇に花が咲く。
学校の雑務をしてくれるお仕事のおじさんはとても喜んだ。
メルタは、学校から帰るとまた出荷用の花の為に歌う。
歌の種類はさらに増えて、咲く花の種類もどんどん増えた。
メルタの歌で咲いた花は、ふつうに咲いた花よりも色鮮やかで長持ちするので、市場でも大人気だった。
他の村から花を出荷しに来ている農家の人たちは秘密を知りたがったが、メルタの村の人たちは大切なメルタを守るために、口が堅く、秘密が漏れるようなことはなかった。
うっかり秘密が漏れたらメルタの身に危険が及ぶかもしれないからだ。
メルタが14歳になった頃、異変が起こった。
メルタの声変わりが始まったのだ。
メルタが歌うと咲いていた花が枯れてしまうようになった。
綺麗なボーイソプラノの時期は終わり、大人の声になる時期が来たのだった。
村人たちは皆歌好きだったので、声変わりの時期の大切さも知っていた。
自分の歌で花を枯らしてしまったメルタはとても落ち込み、悲しみに暮れてしまった。家に引きこもり、学校にも行かなくなってしまった。
そんなメルタの家を、村人たちはかわるがわる訪れて、声変わりについて説明してくれた。
メルタは、なかなか立ち直ることはできなかったが、声変わりの時期にも歌っていないと、大人になってからの声の幅がせまくなくなってしまうと言われて、自分は歌う事が好きだったことを思い出した。歌えなくなるのは嫌だと思った。
村の人たちはメルタの声変わりの間は、それまでに咲いていた花の苗を増やして、工夫しながら花を出荷していた。
村の命綱でもある花が枯れるのは困るので、メルタの歌音が漏れないように教会の窓を閉めて村の聖歌隊の人たちが声変わりの時の過ごし方を教えてくれた。
メルタは長年歌っている間に、村の人たちは自分の歌だけが目当てなんだと考えるようになっていた。
歌えなくなったらおしまいで、見捨てられるのだとばかり思って歌っていた。
小さい頃はあんなに歌う事が楽しかったのに、花を咲かせて、村を潤わせるためにいつの間にか義務的に歌うようになっていた。
でも、もしかしたら声変わりの後には花が咲かないかもしれない自分の声を村中の人たちが心配してくれている。
メルタは、段々元気を出して、学校にも行かれるようになった。
クラスメイトとは今まであまり話したことがなかったメルタだったが、クラスメイトは皆、急に学校に来なくなってしまったメルタを心配していた様子で、温かく迎えてくれた。
メルタの声は2年ほどかけてだんだん落ち着いてきた。
きっとまだまだ変わるのだろうけれど、もう大人の声の中での変化なので、そう大きくは変わらないだろう。
高校の学校の音楽の時間、声も落ち着いたので、ついつい歌いたくなって、窓が開いているのにメルタは歌ってしまった。
その時、高校の中庭の花壇にはこれまで、この村で咲いた事の無い美しいバラの花が咲いた。
声変わり前のメルタが、どんなにいろいろな歌を歌っても、一番高く売ることのできるバラの花だけは咲かなかったのに。
一番先に気づいたのは、小さな村なので、小学校から高校まですべての雑務を行っているおじさんだった。
おじさんはバラの花など写真でしか見たことがなかったので、最初は見たものが信じられずに、校長先生を呼びに行った。
校長先生と職員室にいた他の先生方がおじさんに連れられて中庭の花壇を見に行くと、そこには見事に赤いバラが咲き誇っていた。
校長先生は、メルタを音楽室に呼びに行って、
「どうだい?外で気持ちよく歌ってみないか?」
と、声をかけた。
メルタは自分の歌で何かが起きたのだとは思ったが、良いことか悪いことかはわからなかった。ただ、村の出荷用の花には影響のない場所だったので、中庭にクラスメイトと一緒に出て、落ち着いたテノールの声で朗々と声高々に、好きな歌を歌い放った。
中庭にはさっきとは違うオレンジ色の蔓薔薇の花がスルスルと蔓を伸ばし、中庭に作られたベンチの上のアーチに美しく絡みついた。
「メルタ、すごいなぁ。」
「綺麗。」
クラスメイトは声をあげ、メルタの肩をバンバンと叩いた。
メルタは、声変わりした自分の声でも花が咲くことがわかって、ほっとしたし、とても嬉しくなった。
学校を早退することを許してもらって、牧師様の所に行って、村の人たちを集めてもらった。
村の人たちはまだちょっと警戒していたが、牧師様が頷くのを見て、メルタに歌って見るように言った。
まずは小さい頃から歌っていた歌から。
これは、パンジーの咲く歌。
メルタが、素敵なテノールで歌い始めると、パンジーが震えるように花を大きくして、咲き始めた。
メルタがテノールの声を調整して少し控えめに歌うと、これまでと同じ大きさのパンジーが咲き始めた。
一曲の間でも、緩急のつけ方や、強弱のつけ方で花の色が変わることはこれまでと同じだったが、その変化の具合がボーイソプラノの時とは格段に違った。
花の色は益々複雑な色合いまで増えて、光り輝くようだった。
次に学校で歌った曲を歌いあげると、農家の人たちの前に、これまで見た事の無かったバラの花が咲いた。
村の人たちは驚きと喜びでざわめいた。
今の所、赤いバラと、オレンジの蔓薔薇の咲く歌しか見つかっていないが、歌うことの楽しさを思い出したメルタは、きっと、これからも村人たちと一緒に花いっぱいの村を作っていくことだろう。
そして、メルタの胸の中にもいつも素敵な花が咲くように歌が流れていくだろう。
歌の村に幸あれと、教会の窓から小さな天使がラッパを吹いて覗いていたのは誰も気づかなかった。
【了】
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