マカロンは歌う、唄わせる

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 高校も学年が上がり、やっと後輩が入って来た四月。  ここ神奈川県立南東箱根高等学校でもクラス替えが行われ、二週間が経過しようとしていた。  そして、そんなある日の昼休み、2年4組の教室では栗本学がバナナオレを飲みながら、菓子パンをかじっていた。  しかしながらその顔は、昼食を楽しむというよりも、ヤギが牧草を食べているに等しく、ただ無表情で口を動かしている様にも見えた。  そんな栗本を気にかけたのか、同じクラスの渡辺真華倫(わたなべまかろん)は栗本の席の前に立つなり、栗本の机をコンコンと2回叩く。 「どうした、栗本。メイにでも振られたか?」  栗本は、誰かが声を掛けて来たと感じ、マカロンの方に顔を向ける。 「なんだ……渡辺さんですか……」 「なんだとは、なんだ。(あっし)だと、なんか不具合でもあるのか?」 「……ありますね」  マカロンの表情に、少しだけ怒りの感情が加わった。 「失礼な奴め。…………ところで栗本。本当にメイに振られたのか?」  少しだけ、トーン落として、心配そうな声で話し掛ける。   「……渡辺さん、何云ってんですか? 別にそういうのではありませんよ。メイさんとは仲いいですよ」 「ふ~ん」  マカロンの目が糸の様に細くなる。  明らかに何かを疑っている目だ。 「まっ、いいや。私には関係の無い事だしね」  そう云うとマカロンは、何の脈絡もなく、エアーマイクを手で握る様に、右手で筒を作り出した。  そして、その手を顎の下辺りに当てるなり、ステージに立った演歌歌手の様に、シャンと背筋を伸ばす。  背筋を伸ばしたマカロンは左手を胸に当てて、少し神妙な面持ちの表情を浮かべる。 「聞いて下さい。栗本学で、『心のハートブレイク』。――――メイ~~♪ どおして~~~行ってしまったの~~~♪」 「ちょ、ちょ、ちょ! 何、勝手に歌作ってるんですか!」  栗本は、慌ててマカロンが作っているエアーマイクを押し下げた。  いきなり教室で歌いだされた栗本としては大迷惑だ。 「渡辺さん、心のハートブレイクって何ですか? 頭痛が痛いみたいなタイトル付けて……」 「なんだい、私のタイトルにケチつけよってのかい?」  マカロンはニヤけながら、ビシッっと栗本の顔に人差し指を向ける。  しかし、栗本はやれやれと謂った顔付きをして、大きくタメ息をつく。   「はぁ~……ケチ付けますよ。だいたい別に、ハートブレイクなんて、してませんから」  栗本は情けない口調で、マカロンが付きだしている指を、ゆっくりと押し下げる。 「ふ~ん。そうか」 「そうです」 「じゃぁ、いいや」  すると、マカロンは、背筋を伸ばして、再びエアーマイクを作り出す。   「…………聞いて下さい。栗本学で『別れた彼女は戻らない』。――――どおして僕を振ったの~♪」  間髪入れずに、栗本は、再びマカロンのエアーマイクを押し下げる。 「渡辺さん! 聞いてます? 僕、別れてもいませんし、振られてもいませんから!」 「ふ~ん」  マカロンは、鼻で笑う様に相槌を打つと、今度はいじの悪そうなニヤけ顔へと人相を変えた。 「なるほど、なるほど~~別れていないと……。つまり、メイと付き合っている事は認める訳だね」  その言葉を聞いた瞬間、栗本の顔はあからさまに『あっ!』っと目を丸く見開くのだった。 「いっ、いゃ、それは……」 「いゃぁ、最近メイが笑顔だからさ、彼氏でも出来たか~ってカマかけているんだけど、全然しっぽ見せなくてね~。バレンタインで、こそこそとチョコ用意していたのは知ってたんだけどね~。栗本が単純でよかったよ~」 「……はめられた……」  マカロンは赤面する栗本の肩を軽く叩き、小声で囁いた。 「で? どっちから告白したんだい?」 「……どっちからって……」  その後、栗本はマカロンから干からびるまで、質問攻めに遭った……。    ● ● ●  そして、その日の夜。 「もしも~し。メイ、元気?」 「もしもし、マカロン何の用かしら?」  マカロンが電話越しにメイの声を受け取るも、メイの口調はいつも通りと感じられた。 「いや~、メイ、栗本と付き合っているんだって?」 「ななな、何云ってるのマカロン栗、付き、とか何云ってるの?」  ビックリする程に口調が急変し、動揺しているのが、顔を見なくてもよく分かる。 「メイ、誤魔化してもダメだよ。栗本が唄ったからね」 「栗本さんがうたう? うたうって?」 「あぁ、『唄う』って、警察用語で、犯人が自供するって意味らしいよ」 「へ~」 「いゃ、そんな事に感心されても困るんだけど……。それより、栗本との事について聞かせてもらおうか?」 「えっ? ……さて……なんの事かしら?」 「……何の事なんだろうね。まっ、それを、今から聞くんだけどね。イシシ……」  ……仲の良い二人の声は、その日の夜遅くまで、電波で行き来していたそうな……。
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