第26話 決戦準備6

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第26話 決戦準備6

 神聖千年王国本部は、大阪市の一等地にある。  本部ビルと、中学、高校、大学があり、イベント用の文化用ホールなどもその中にはある。  そのため、人数にして大体4千人ぐらいが、今敷地内にいると思われる。  丁寧に刈込された植栽、清潔な構内。幸せそうな学生生活を送っていそうな学生達。  (ここが普通の大学だったらどれだけ気分が安らぐのか)水月はそう考えた。  水月は父の御堂宗一に外見で発見されにくい様に、ツバ付きの帽子をかぶり、サングラスをかけている。  「理沙(りさ)、準備は良いか?」真示が水月に話しかける。  「問題ないよ」と水月は答える。理沙(りさ)という偽名を使っているのは、名前がもし御堂宗一に聞こえた場合を考えての事だった。  「了解。陰陽流空手の『頸椎針(けいついしん)』はまだ習っていないんだよな?」  「うん」  「分かった。今回の任務はパスカードを入手する事なんだが、5枚にプラスして予備で2枚。合計7枚を俺が手に入れてくる。理沙はこの本部施設の中の警備室の場所を調べてくれるか?」  「分かった。何かあったら例のアプリで連絡すれば良いんだよね?」  「そうだな。そしてもし例の危険人物の気配を感じたら、俺を置いてとにかく逃げてくれ」  「分かった……真示も気を付けて」  「ありがとう。それじゃまた後で」  2人は分かれた。  朝比奈真示(あさひな しんじ)は、パスカードが無くても入る事の出来る、敷地内の公園の公衆トイレに入った。  真示も一旦、用を足して、手を洗う。  そして公衆トイレを利用する者が、1人になるのを待つ。  今いるのは20歳くらいの大学生だった。ごく普通の短髪の、真面目そうな男性である。  その彼の小便が終わって、ズボンのベルトを締め直そうとした時、真示はさりげなく近づき、背後から貫手を高速で彼の頸椎に突いた。  よく首筋に手刀を当てて相手を気絶させるというのが、漫画やドラマの演出ではあるが実際にはあのような事は出来ない。  陰陽流空手の「頸椎針」は人差し指と中指で作った貫手に気をまとわせ、そこで首の頸椎の経絡を突くことで、相手を気絶させる技である。  この「頸椎針」の利点は、5時間ぐらい気絶させることが出来ることと、相手の肉体に気絶以外のダメージを与えにくい事だった。それだけの練度が求められるので、陰陽流空手の中でも参段でないと、これは教えていない。  首尾よく大学生の彼が気絶したので、そのまま彼をトイレ内の個室に入れ、持ち物を調べてパスカードを奪うことに成功した。 (悪いな)と思いつつ、そのままトイレを脱出する。  真示はトイレから出て、そのまま堂々と公園内のベンチに腰掛ける。  ポケットからジッパー付きの袋を取り出す。  その中から、ピンポン球くらいの大きさのガラス球のようなものを取り出した。  球をパスカードに接触させると、球からまるで植物の根のようなものが生え、それがパスカードの中にどんどん侵入していく。球自体も形を崩しながら、パスカードの中に入っていった。完全に入って10秒後、パスカードがチカッと光る。まるで根付いた事を伝える様だ。  「行くか」  そう言うと、真示は大学の校舎に入っていく。入口にパスカードのチェックシステムがあるので、当然の様にそこにカードを当てる。問題なく通過が出来た。  同じように男子トイレで待ち伏せをし、同じように「頸椎針」を繰り返し、計7枚のパスカードを入手したあと、同じようにガラス球と一体化させた。  目標の7枚を入手するのに、だいたい1時間半が掛かった。  念のために一番警備の固いと思われる本部ビルのゲートも試してみるが、ここも問題なく通過が出来た。  専用アプリのグループで、パスカード7枚入手成功の連絡を行う。  「目標のパスカードを7枚入手できた。理沙の様子は?」と専用アプリで連絡を入れる。  「お疲れ様。警備室は大学の1階、本部ビルの1階にあって本拠地はやっぱり本部ビルの1階みたい。今のところ父の気配は感じない」  「ありがとう。下手に本部ビルに行って危険人物に出くわすのもまずい。俺は警備室の様子と、教祖が普段いると思える場所を調べてくる」  「分かった。無理はしないように。私は何をしたら良い?」  「そうだな……とりあえず、一度合流しようか」  「分かった」  真示と水月(理沙)は、大学の学園棟付近で合流した。  真示は、パスカードを1枚、水月に渡す。  「ありがとう。どうやって入手したの?」  「まあ穏便にね。ここでは話せないから帰ったら話すよ。それにしてももう昼だな。飯でも食っていくかい?」    学園棟に入るため、水月もパスカードを使ってみたが、難なく入る事が出来たので、正直驚いた。  学食についたので、真示はカレーライス。水月は焼き魚定食にした。  傍から見れば、付き合ってる者同士にも見えるだろう。  食べながら、改めて真示は、水月の顔を見た。もっとも今日は帽子にサングラスという格好で、しかもそのままで食べているので、全部が見える訳では無いのだが。  よく見てみると、美しい顔をしていると、正直に思った。  水月は焼き魚定食を食べる時に、骨は丁寧に取り除いて皮も食べる様にしているので、最初は焼き魚に集中していたが、真示の視線に気づいて真示の方を見る。  ここのところ、あまりにも色々なことがあって、真示の顔すらまともに見ていなかったことを水月は思い出した。  真示は黒髪で短髪にしており、上に着る服はだいたい黒系。ズボンはカーキグリーン系が好きらしい。  お互いの目が合った。  「理沙ってさ」  「何?」  「魚の食べ方、上手いんだね」  「……ありがとう。まあ食べられるところを残すともったいないからね。YouTubeで食べ方を勉強したんだ」  「そうなのか……偉いな」  「偉いのか……。まあありがとう。誰も教えてくれなかったからなんだけどね」  「自主的に学ぶことはなんであれ、大したもんだと思うよ」  「そっか……ありがとう。……あのさ。真示の事って、今更なんだけど何て呼んだら良い? 私の方が学年では上だけど、人生経験上は真示が先輩なところもあるから気になってた」  「面倒くさいから、真示で良いよ。俺のほうこそさん付けで呼んだ方が良いかな?」  「私も今更面倒くさいから、そのまま呼び捨てで構わないよ」  「お互い面倒くさいって面白いな。あれ?」  「なんかあった?」  「ちょっと理沙の表情が柔らかくなった。何つーか、今までずっと張りつめていただろうから、無理も無いと思うけど」  「そうかな……そう言えばここ最近、ろくでもない男をぶちのめして来た記憶しかない」  「そりゃ、そうなるのも無理ないよ。俺もその中の一人にならないように気を付けよう」  「何なのそれ。私は凶暴な熊とかじゃないんだから。ああそうだ、真示の顔なんだけど」  「俺の顔?」  「ここのところ、バタバタして、まともに真示の顔を見た事が無かったんだよね。それで今初めてまともに見たんだけど」  「初めて?」  「眉の形とか、もう少し綺麗に整えたりすると良いと思う。髪型も毛先とかを遊ばせれば、結構印象が変わると思う。元が良いから、きちんとすればもっと良くなると思った」  「そっか……」  「……なんか。元気ないね」  「……俺の好きな女の子。重度の男性恐怖症なんだよ」    そう言って真示は窓の外を見つめた。  水月が初めて見る、苦悩している真示の表情だった。
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