第1話 旅の朝

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第1話 旅の朝

 山裾が次第に光の線で飾られ、夜の闇に紛れていた木々の葉先が金に縁取られ始める。かと思えば、連なる峰のある一点を中心に、紫がかった明けの空へ鮮烈な輝きが放射状に広がった。  山麓に開けた街の屋根は朝日を受けて鮮やかに色を変え、さらに道々にあった闇をも取り払っていくように、光は影に覆われていた市街全てを瞬く間に塗り変えていく。  夜が去る。  太陽が最も高い山の頂から完全に姿を現すと、ほどなくして澄んだ音色が鳴りわたった。一回、二回……時を告げる鐘の音である。しかし市街に鐘楼らしきものはなく、その清澄な響きは果たして、どこから聞こえてくるのか。  この国の民ならば、その答えを知っている。このシレア国にあっては、時を知る道具を探す必要などない。国で唯一、時を刻み、人々に知らせるものは、王都シューザリーンに立つ鐘楼の時計のみ。常に正確に、しかし常に異なる音で、その瞬間にしか存在しない一度きりの時を国の全土へ伝える。  シレアただひとつの時計の音は、国のどこにいようとも、シレアの民に「時」を教えてくれるのだ。  それは、この地のような国の辺境であろうとも。  (たえ)なる鐘の音は、六回。  最後の音が鳴ったのを合図に、市街へ続く道の途中、州境の門が開いた。  はたしてそれを待っていたのか。栃栗毛と黒の二頭の馬が関所を抜ける。  静寂を破る小気味良い蹄の音が、空気を震わせ天高く昇っていく。
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