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再出発
これで最後か、そう思って夜空を見上げた。
気温は18℃。
外に出てもちょうど良い気候だ。
ベランダに出て景色をゆっくり眺める事なんてこの何年もできずにいた。
引越して来た時は川沿いのこの部屋が気に入ってここに決めたのに、仕事に忙殺され、その景色さえも堪能する余裕がいつの間にかなくなっていた。
荷物のなくなった部屋を振り返る。
このマンションに越して来て5年。
会社の中ではまだまだだが、後輩が何人かできて自分も先輩という位置にやっと慣れてきた。
その内に恋人ができてこの部屋で食事したり映画を観たり、喧嘩したりSEXしたり。
こうしてみると色々な事があったな、と感慨深くなる。
「おい、そろそろ行こうか」
まさか自分が…そんな出会いがあった。
でも仕方ない、こいつだ、って思ってしまったんだ。
「もう少しだけ…待って」
手を差し出してこっちに来てと促す。
「何か思い出した?」
握り返すこの手が今の僕には1番必要で
「うん、お前と出会ってからの事。感慨深いなーと」
「俺もこの部屋にはいっぱい思い出があるな、出会ってまもない、まだ知り合いの時のこととか」
友達を介して知り合った、紆余曲折あって友達になり、恋人になった。
「まさか俺が男のお前とこんな関係になるとは…」
「んー、俺は必然だと思ったけどな、出会った瞬間びびってきたし」
彼が頬に手を添えてキスしてくる。
「そう…かも」
行き場のない両手を彼の首筋に絡めて抱き付く。
「出会えて良かった、新しい部屋でもよろしく」
顔は見えないが、きっと今優しく微笑んでくれてるかな?
「俺こそ、これからが2人の再出発だな」
「うん」
「さぁ行こう」
自然と2人で手を繋ぎ何もなくなった部屋を見返す。
『思い出をありがとう』
心の中で呟いたその言葉を繋いだ手の相手にも伝われば良い、そう思いながら出会ってからずっと温かい彼の手をそっと握り返した。
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