超・妄想コンテスト「引越し」持っていくもの

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弟は小さい時に亡くなった。 一人で出て行って山で迷子になった。 ぼくがちゃんとみていなかったばっかりに。 でも家族はだれもぼくを責めなかった。 弟の写真が飾られてから十日ほどすぎたころ ぼくの部屋にだれかがいた。 弟だった。 ぼくは驚かなかった。 だってほんの少し前までうちにいたのだもの。 前と少しも変わっていないが 姿がぼんやりとしていた。 触ることはできないようだ。 ぼくは声をかけてみた。 弟はこちらを見るのだが、返事はしない。 うれしそうな顔をするのでぼくはよく話しかけた。 このことをだれにも言わないまま三年がすぎた。 ある日、弟が自分の写真をじっと見つめていた。 いわゆる「遺影」というやつだ。 もしかして自分が死んだことに気づいていなかったのだろうか。 ぼくは弟にかける言葉もなかった。 「ごめん・・・。」 そう言いたかったのだが、弟は首を横に振る。 そしてキラキラした目でぼくのことを笑って見ている。 ぼくは思わず弟をぎゅっと抱きしめた。 少しだけ「なにかがある」感じがした。 弟は懸命になにか話そうとしていた。 声にはならなかったけれどぼくを励ましてくれているのだなと思った。 長いこと抱えていたものがすっと軽くなったような気がした。 弟が半分背負ってくれたのかな、などと考えていた。 弟が言葉を出せるようになったのはそれから数か月のことだった。 「あ・・ん・・・ちゃ・・・ん・・。」 たどたどしい、そしてもどかしげな口調でぼくを呼んでくれた。 小さいけれどそれははっきりとしていて、みんなが話すのとかわりはなかった。 弟は昔そうしていたように、ぼくのそでをひっぱっては話しかける。 うれしそうに話す弟をみているとぼくもうれしくなった。 だけど・・・。 このままでいいのだろうか。 ふと、不安がよぎる。 弟はどうみても普通の存在じゃない。 このままここにいてもいいものか。 それとも動けないのか。 だれに相談することもできず、ぼくはひとりで考え続けた。 弟にはいろんなことを教えた。 もともと本が好きだったので難しい字でもすぐに覚えたし ぼくがいない間に新聞や雑誌を読んで勉強しているようだった。 たまにはゲームなんかもしてぼくたちは普通の兄弟のように楽しんだ。 いつまでこうしていられるのかな。 この先どうなるとしても弟には「いま」を楽しんでほしかった。 弟は時間の経過とともにすこしづつ成長しているようだ。 毎日みているぼくには違和感がなかったが かあさんたちがみたらびっくりするかもしれない。 そう思うとなおさらだれにも言えなかった。 「あんちゃん、ぼくね・・・。」 その日は突然やってきた。 「ぼく、お引越しするの。」 「えっ?」 いまや弟はぱっと見、普通の人間とかわらない存在感になっている。 ちょっと体温が低めだが、手をつなぐこともできるようになった。 どこか行く当てはあるのだろうか。 「お引越しってどこいくんだよ。」 「あのね、かみさまがお仕事あげるから戻ってきなさいって。」 なるほど、彼岸に引っ越すのか。 いちおう納得はしたものの、ぼくはさみしくてたまらない気持ちになる。 「もう会えなくなるのか。」 「ん~。」 弟にもそれはわからないようだ。 「いつ引っ越すの?」 「えっとね、この日。」 その日は弟の月命日だった。 「そうか・・・。さみしくなるな。」 「だいじょうぶだよ。いつでも会えるから。」 「なにか持っていきたいもの、あるか?」 「なにも持っていけないから。」 そうだよな。 「じゃあ、いっぱい遊んだりしような。」 「うん~。」 ぼくは日にちがたつにつれ、だんだんと落ち着いてきた。 弟に行くべき場所が用意されているのだからなにも心配することはない。 それに会えなくなるわけではないようだ。 「葉っぱの絵をかくの。」 「葉っぱ?」 「うん。どんな葉っぱでもいいから。」 なんでも葉っぱの絵をかいて机においておけば 弟はこちらに現れるらしい。 ためしに書いてみたが、どうみても葉っぱにはみえない。 それでも弟は上出来だといって笑っていた。 引越しは明日に迫っていた。 とりたてて持ち出すものもなく、弟は自前の小さいかばんを持っただけだった。 「どうやって移動するんだ?」 「えとね。」 弟は取り出した紙を広げて門のような絵を描いた。 書きあがるとそれは自動的に立ち上がって、弟が通れるくらいの門になった。 「へえ~。」 「ここからでるとかみさまのところに着くの。」 なるほど。 「あんちゃん・・・。」 弟は泣きそうな顔をしている。 ここで見た初めてのなきべそだった。 「いつでも会えるんだろう?」 「そうなんだけど・・・。」 弟もさみしいのだな、と思うと少し安心した。 「だいじょうぶ。なにかあったら葉っぱ描くから。」 こくり、と弟がうなづいた。 門の扉に手をかける。 弟の小さい手でも、それは音もなく開いた。 中はぼんやりと薄明るいが、様子はわからない。 「じゃあ、またな。」 弟の頭をなでてやると、またこくり、とうなづいた。 もう泣いてはいなかった。 「じゃあ、行ってくるね。」 小さい手を振る姿を見送りながら、弟の出発を見送った。 門が閉じて紙ごと消えてしまったので あとにはなにも残らなかった。 部屋から持ち出されたものはなにひとつないのに なにか大きなものがなくなったような気がした。 こんな形のない引越しもあるのだな。 弟はどうしてぼくの部屋にあらわれたのだろう。 ずっと考えていた。 弟が引越ししてしまったいま、ふと思いついた。 弟はぼくの後悔をもっていったのではないだろうか。 ”ぼくがちゃんとみていなかったばっかりに。” ずっとそう思っていた気持ちは薄らいでいた。 消えてしまったわけではないけど、弟はそう思っていないことがわかったから、ぼくはずいぶん楽になれたのだ。 ありがとな。 いつでも帰ってきていいんだぞ。 ここはお前の実家なんだからな。 ぼくは暦をめくりながら、いつ葉っぱを描こうかと考え始めていた。
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