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散光1-⑴
赤、青、黄色、緑……
まばゆい光の中を、さまざまな色の欠片が真ん中から外へ、外から真ん中へと動いてゆく、時には星、時には雪の結晶のような形が現れては消えてゆく。
――ああ、この『百色眼鏡』の中を覗いている時だけ、あたしはこの囚われの部屋から抜け出し夢の世界を飛び回るのだ。
あたしは夢の世界を覗くのを止め、虫籠のような二階の窓から通りを見下ろした。
愛想を顔に貼り付けた客引きや、女を品定めに来る旦那衆の姿しか見えない通りだ。
――もしここを出ることなく命が尽きたら、窓の外を飛んで行くあの海鳥になりたい。
あたしは『百色眼鏡』をしまうと、人に聞かれぬようそっと海鳥の鳴き声を真似た。
※
「ふう、もう夕方か。やれやれ、遅くなってしまった」
匣館新聞の駆け出し記者で猟奇読物を書いている飛田流介は、海岸沿いに住む知人の家から弥生町の自宅に戻るべくたそがれの道を急いでいた。
――もう少し先まで行けば安奈君の酒屋のはずだが、さすがにこの時間では店もやっていないだろう。
見知った一角には違いなくとも、薄闇の中を急ぐ気分は心もとないの一語に尽きた。
「猟奇読物を書いている身としては、夜道ごときにひるんではならぬ……のだが」
流介が己を鼓舞するようにぶつぶつ独り言を言い始めた、その時だった。暮色が濃くなり出した通りの脇で、男女と思われる人影が言い争っている様子が目に飛び込んできた。
「外国人の秘書だと?前に会った時はあんた、確か……」
「人違いです。声を出して人を呼びますよ」
「呼んだらいいさ。助けに来る前にあんたをおとなしくさせてやる」
――あの人は……
頭巾に狐の面と言う気味の悪いいでたちの男に腕を掴まれていたのは、以前取材に協力してくれた森井と言う女性だった。
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