タクシー

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好きな人ができて家を出た。 最初は憧れだった。仕事先で、ちょっとかっこいいな、くらいの。 でもだんだん親しくなるにつれて、「ちょっとかっこいいな」が「話してるとおもしろいな」から「一緒にいると楽しいな」になり、その人と職場で一緒になるのが楽しみになり、一言も交わせなかった日は憂鬱になり、そして恋に気付いた。 恋に落ちたら欲しくなるのはあっという間だった。 私はもう大人の愛を知っていたので、それははっきりと肉欲としてあらわれた。 指先を見ては欲情し、その人の香りに温かみを感じた。 抱きたい、抱かれたい。深くもぐりこんでしまいたい。 それから実際そうなるまで、事は簡単に進んだ。 渇望していた愛に、溺れるどころか、沈み込むようだった。いつも、暇さえあればその人のそばにいた。 そして、実にドラマティックに、私を止める父、母から離れたのだった。 一度飛び出すように家を出てしまったぶん、別れた時に戻ろうとは思えなかった。 プライドかなにか、そうゆうものが「あんなに感動的、激情的に家を出たのに、 ここで帰ってしまうとまるで負け犬のようだ」と、 私を次の、家族へ威張れるような人との恋愛に駆り立てたのだ。 一度勢いがついてしまえば、同じように運命はまわるようにできているらしく、私はそうゆう愛憎劇のようなものを繰り返した。 幾度も、幾度も。 渇望し、計算と情熱をくりかえし、苛立ち、悩み、それでも欲して、この手にみごと手に入れる過程は、息が詰まり、目が回るほど幸せで、死ぬほど苦しく、楽しかった。 何度も「この人しかいない」と思い、何度も「こんな思いをするくらいなら恋なんてしなければよかった」と涙を枯らした。 そして、三十路をとっくに過ぎてやっと今。 私はすっかり疲労してしまっていた。 いや、飽きた、というのが一番あてはまるかもしれない。 ふと、久しぶりに、実家に帰ろうと思った。 そのときちょうど恋が終わったときだったので、ただ逃げたかったのかもしれないが、 家へ戻って、お風呂にゆっくりつかり、あたたかなご飯を食べて寝よう。 私がご飯を作ってあげたっていい。 家族とすごそう。そう思った。
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