おとうさん、おかあさん、わたし

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わたしは、ひとりっこだ。 優しいお父さんとお母さん。 別にお金持ちでは無かったけれど、貧乏でもなくて、ありふれた、普通の家族。 ただ兄弟は欲しかったなって、不満はそれだけだった。 ないものねだりにも程がある。どれだけ両親は困ったことだろうか。 お姉ちゃんが欲しい、弟が欲しい、と台所に立つ母に向かっては泣き真似までする始末。ただ、遊び相手が欲しかっただけなのだ。 「行ってくるわなー。」 小学生の私が、朝食をノロノロと食べているうちに、父は仕事へ向かう。 父は自営業。 従業員は父の姉と父の母、つまりは伯母と、祖母。身内で営む小さな小さな会社だった。 会社とはいっても、実は祖母の家の2階が作業場になっていて、彼らは淡々と織物をしていた。父や祖母の織り成したそれは、セーターやカーディガンになるためにトラックで出荷されていくのだ。 「毎度!おおきに!」 父のその言葉、私は何だか好きだ。理由は分からないけれど。 私たち家族は、自転車で15分ほど離れた、狭い狭いマンションに肩を寄せ合うように暮らしていた。本当に狭い。自分の部屋が欲しかったし、お風呂とトイレも別が良かった。家の中に階段のある一戸建てに憧れていた。でも、不満に思ってはいても、嫌じゃなかった。不思議なくらいに。 『203号 雛月』 その表札は、私のお気に入りだ。私は自分の家も、家族も、大好きだった。
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