春麗らかに、桐と鶴は美しく

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あのにぎやかな日の翌日 蒼髪の子はトラットリアの中に居た 曰く 「早いうちに慣れたほうがいいでしょ、暇なら明日から来なさいな」 との事なのでやってきた 体を動かしていれば少しは嫌な事から逃げ出せる そんな甘い幻想を抱いて 女店長を待つ 「はいお待たせ」 その手には白い服と黒いエプロン 「うちは忙しくなったら調理場の子にヘルプ頼む時あるから一様見栄えがいいの 使ってるわ、きっと似合うわよ?更衣室はこっちだから付いといで」 手渡されそして付いていく雛鳥のように だが不安でいっぱいだ あの時ああ言ったけど 私は働いていいのか?こんな体なのに? 疑問しか出てこない、だから 「あんたの体の事、しってるよ、だから雇ったの」 あの、と言うところでまるで制するように こちらに振り返りもせず更衣室の扉を開けながら言う そのまま部屋に促しながら続ける 「右手義手なんだってね、おまけに走れない、でしょ?」 体が強張る血の気が引く 何でだなんで 「貴方のおじい様から聞いてるよ…本当はダメなんだろうけど、貴方の為にって ところかしらね…」 知ってるんだろうと思ったら まただ、またあの爺さんかと 疲れたようにため息ひとつ 「…手伝い、いる?」 女店長が若干不安げに聞いてくる 「大丈夫、です、基本的な事は一人で出来ますから」 「そう、着替え終わったら厨房にきてね、早く来てくれたから時間まだいっぱい あるし、ね」 そう言った後静かに更衣室から出て行く その後姿はあの日見たときよりも優しげで不安そうだった 「…着替えよう」 自分に言い聞かせるようにつぶやいた そうしないと申し訳なくて仕方なかった 迷惑かけてごめんなさい こんな体でごめんなさい 死に損なってごめんなさい
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