3月 弥生の頃に

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「ただいま」 しんと静まり返った家の中に声は吸い込まれていく。 返事はない、あるはずもない。 「おかえり、途中道に迷わなかったか?」 しかし返事はあった。 覇気があり、若干嗄れながらも優しさを含んだ声だった。 その声は酷くその子にとって何等思わない、雑音。 「べつに、ここ…自分の住んでた場所、だし、な」 「くく…それもそうか…」 笑いながら返事をする声の主は人目見ただけでは齢70を迎えるという人には見えない、がっしりとした体格の老人だった。 「お前の他の荷物はもうすぐ若いのが持ってくる、こき使ってやれ」 「…うん、ありがとう」 酷く事務的なやり取り。 老人もそれしか出来無いのもわかってるし、その子もそれ以上するつもりはなかった 帰ってきたその日の朝のこと。 吹き付ける春風が、未だほんのり冷たい頃。
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