私の恋したカナリア

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透が消えた。私に何も言わずに。もう大学の、あの無駄に生やされた芝生の中でまぶしそうに笑う透はいない。音楽棟に忍び込みデタラメにピアノを弾く長い指とか、男のくせにコンビニスイーツを目の前にしたときついた淡いため息とか、そういう透を形作っていた塊が無くなった。その塊は「死」という形式を以ってして完全に地球から無くなったのかもしれないし、私が知らないだけでどこかにまだある―つまり透はまだ生きている―のかもしれないがそんなことはどちらでも良い。私の手や瞼が彼の温度を感じられないなら生きていたって死んでしまったのと変わらない。私の耳が、彼の温いハチミツレモンみたいな声に溶けていくあの感覚を味わえなきゃ意味がない。 私はてっきり、この先もかなり長い期間において透と人生を共にするものだと思っていたので彼の不在にひどくうろたえた。人生を終わらせようと思ったのは一度や二度ではなかった。 私がもう一度生きようと思ったのは、透以外に私が依存できるものを見つけたから。透のお兄さんが巡り会わせてくれたのだ。それがキィ君。透のカナリアだ。私は透がカナリアを飼っているなんて知らなかった。しかもキィ君なんて名前は気取り屋でインテリな透からは考えられなかった。
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