プロローグ

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プロローグ

   爽やかな5月の風が、芽吹き始めた木々の葉を揺らす。春の訪れにより、まだ目覚めたばかりの小川の水は、ひんやりと冷たく感じられる。 「千咲~、一人で川の中に入っちゃ駄目だからね~」  私はテーブルに紙皿と割り箸を並べ、川のほとりで遊ぶ娘に手を振る。娘は振り返り、両手で何かを握りしめ私の方へと走り出した。 「ママ~!見て見て!川の中に綺麗な石があったの!」  ピンクの花がパッと咲いたような眩しい笑顔。娘は嬉しそうに手のひらを差し出した。 「本当だね~!まん丸な石、可愛いね」  大切そうに手に載せられた数個の石を見つめ、私は笑顔を返した。 「千咲ちゃん、川の石がどうして丸いか知ってる?」  私の後ろからヒョイと唯が顔を覗かせる。 「ん~、わかんない!」  不思議そうに首を傾げる千咲。 「それはね、川の…」 「川の水に流されてコロコロ転がってるうちに、角っこが削られて丸くなるんだぞ」  突然、唯の言葉を遮り解説する声が聞こえた。 「ちょっと直人!せっかく私が教えてあげようと思ったのに」  唯が振り向き頬を膨らませた。 「あ、そう?そりゃ悪かった。それより炭どこだっけ?車に無かったけど」 「炭なら慎ちゃんが持って行ったよ。ほら、もう火起こし始めてる」  私は、炭に着火しバーベキューの準備をする慎ちゃんの背中を指さした。 「ありゃ、本当だ。じゃあ、俺も火起こし頑張るかな~!唯、俺と慎ちゃんのビールくれ」 「あ、ついでに翔ちゃんにもビールあげて。あっちで凛と乃愛ちゃんの相手してくれてるから」  唯は直人にビールを3本渡し、微笑んだ。 「ん、分かった。少ししたら肉と野菜持って来て。あと焼きそばも」  直人は缶ビールを抱え、川辺で子供と一緒に遊ぶ翔太に向かって歩き出す。 「あ!私もパパのとこに行く~!」  千咲が声を弾ませ、直人の背中を追った。 「翔ちゃんてさ~本当に子供が好きだよね。子煩悩だし保育士にもなれそう」  唯はキャベツを切る手を止め、三人の子供達と走り回る翔太を眺めて言った。 「精神年齢が子供達と一緒だからじゃない?」  私は軽く鼻で笑った後、翔太の横顔を見つめ柔らかな笑みを溢した。  私と翔太の娘、千咲(ちさき)。唯と直人の娘、(りん)ちゃん。慎ちゃんとみわさんの娘、乃愛(のあ)ちゃん。  今日は3家族でバーベキューをするため、香嵐渓の川沿いにやって来た。唯やみわさん達とは、時々こうして家族ぐるみで集まっている。
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