春日【かすが】

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「旦那、女ってのは、一番愛しい男の前が、一番綺麗なもんでさァ。今のわっちは、所詮脱け殻でありんす」 「ほほう、面白い事を言う」 花魁と言っても、ただの女、と呟いてみた。 「じゃあ、私が絵で見たそなたが、本当のそなたか?それとも、他の…」 「それは」 私は彼の顔に自分の顔を近づける。 「旦那さんが、これから確かめるといい」 突然近づくと、彼は驚き、しかしすぐに自分の唇を重ねてきた。 毎晩毎晩続いていく… 終わることの無い、罰。 売られてしまった女の、悲しい運命… 何で愛しい人は、たった一人だけなんだろう… 全ての人を愛せる事ができれば、こんな想いしなくてすむのに。 分かれる、心と身体。 ある一筋の糸だけを残して、離れていく… 全てを完璧に別つことは、不可能で… 心と身体を、切り離したいのに、それができない自分が歯痒い。 身体を合わせると、必ず何かが流れ込んできてしまう。 身体にも、心にも… 少なからずとも、相手の愛情や熱情を、感じてしまうのだ。 「あん、旦那さん…」 「吉隆、と呼んでくれ…」 よしたか、と口にすると、ぎゅっと私を抱き締める彼。 ずっと脱け殻でいたいのに、それじゃあいられない。 相手の情に、私も合わせてしまう。 応えてしまう、身体も、心も。 憎らしくて、哀しくて。 善さんだけで、いい。 善さんが、傍にいれば… 叶うはずの無い、願いを胸に秘めて、私は今日初めて会った男に、抱かれていた。 興梠の鳴く声が、増えて増えて… 鳴く声に、私の声も紛れて、消えてしまえ、と思った。
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