3章

2/17
1104人が本棚に入れています
本棚に追加
/275ページ
文久2年8月2日夕刻。 大坂。 井上佐一郎は、よもや土佐の勤王党が自分を狙っているとは思ってもいなかった。 元来、お人よしな性分でもあった。 実を言えば、それが土佐の人柄でもある。 「同郷のよしみじゃき。おごるち飲もうぜよ」 以蔵のめったと使わない土佐弁。 上に立つ者ほどお国言葉は使わないものだ。 しかし、以蔵は決して上に立つ者ではない。 彼は足軽出身である。 身分に苦しんだ経験を今もなお、忘れてはいない。 だからこそ、いつかは上に立ってやるとの野望を抱いた時から彼は、標準語をなるべく話すようにしている。 しかし今は自分を下に見せ、とにかく疑われないようにしなければならない。 お国言葉によって、親しみもわくという事である。 「頭の良いお方ですよ、まったく‥‥」 道を歩いていた佐一郎に、以蔵は偶然を装って話しかけた。 物陰にはそれを隠れ見る2人。 「あたしは知恵の回る人ってのが、昔からどうも好きになれないんだけど」 「大丈夫ですよ。あなたも十分知恵の回る人ですから」 遼香と森田である。 「あたしのどこが!?」 「損得の辺りとか」 「や、それは、岡田さんがあまりにも馬鹿だから。」 すぱっと言い切った遼香に、森田はぼそっと言葉を返す。 「あんた、岡田さんに恩があるんじゃなかったっけ?」 「だから損しないように、そっと手をさしのべてやってんじゃん」 不機嫌そうに、ぼそぼそっと喋る遼香。 「で、他の奴らはいつ来るわけ」 その『他の奴ら』こそが、遼香がここにいる原因である。 .
/275ページ

最初のコメントを投稿しよう!