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私が光を見るとき、海を聞くとき、ごくわずかであったが「彼」が隣にいたことがあった。
私に海を与えたのは彼だった。今も私の手のひらの上に存在する、軽い白いもの。その穴に耳を当てれば、私は一瞬で海に行けるのだ。
独りで、他の子どもと交わることをせず、いつも川を眺めていた。雨の日は外に出ることをしなかった。日が水面に反射している川しか見えていなかったから、私は川が好きだったのだ。
そしてそんな浮いた子どもに、その子どもは話しかけたのだった。
「なんでお前、こんなとこに一人なんだ?」
「…………」
首をかしげた。
「川なんて見て、面白いか?」
「…………」
少し考えて、頷いた。
「お前、いくつだ?」
「…………」
右手を広げ、左は二本、指を立てた。
「名前は?」
「…………」
これには少し困った。
立ち上がって、なにか書くものを探した。でも、何もない。
私は少年の元へ戻る。彼の左手に、指で、ゆっくりと。
『みね』
「……みね、か」
私の指から離れた彼の左手が、私の頭を優しく滑っていった。二つか三つか、それくらいしか歳も違わない彼に、私は存在しない兄の存在を思った。
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