第3章 いつもと違う年末

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正門から見て左奥の方が理工学部だ。 その中の一番新しい校舎に彼女は入っていった。 エレベーターで5階に上がり廊下を奥に歩いて行くと505号室に『電子生命学科第2研究室』と表札が出ていた。 「どうぞ」 八代がドアを開けて言った。 中に入ると、広さは12畳くらいで、隣にも部屋があるみたいだった。 いろいろな機械が並んでいて、いかにも「研究室」って感じだった。 見回したが誰もいない。 「先生は隣です」 八代がそう言いながら、ドアのない隣の部屋に入っていった。 彼女は部屋に入ったところですぐに横を向いて話しかけた。 「先生、あの、アロマのお店の方が来られてます」 「え?」 瀬谷さんがひょいと顔をのぞかせた。 「あれ、桐渕さん、どうしたの?」 やっと名前を覚えてくれたみたいだ。 「ちょっと久しぶりに大学が見たくなって来ちゃいました」 八代が『え?』って顔をしている。 『用事があるって言ったじゃない』とでも言いたげなふくれ顔になった。 面白い娘だ。 「あ、そう。君がいた頃とは随分変わったんじゃないか?八代君、珈琲を2つ入れてくれる?」 こっちに歩いてきながら白衣姿の瀬谷が言った。 「そうですね。ここも前は古い校舎でしたよね。八代さん、私ミルクと砂糖はいらないから」 私は奥の部屋に入っていく八代に声をかけながら言った。 「はい!わかりました!」 八代は完全にふくれ顔になって奥に入っていった。 (いじめすぎたかな?) 来るかどうかわからないけど、今度le vantに来た時はちょっとサービスしてあげようかしらと思った。 「どうぞ」 瀬谷さんに勧められて変な機械の前の椅子に座った。 丸い板に4本の足がついた理科室とかによくある椅子だ。 「でも、よくここがわかったね」 「ああ、最初はキャンパスを見に来ただけだったんですが、ちょうど八代さんに会ったから案内してもらっちゃいました」 「そうか」 彼はいつもの普通の表情で私を見ながら言った。 突然の来訪にも全然動じていない。 瀬谷さんはあまり表情が変わらないから感情が読めない。 彼の場合、自分の感情を読まれないようにするポーカーフェイスではない。 他人はどうでもいいという感じなのだ。 だからこっちも気が楽なんだろう。  
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