第1章 プロローグ

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今日はクリスマスイブ。 「お誕生日おめでとう、たか子ちゃん」 紀子さんの言葉で、私は30才になった。 朝から気にしないようにしていたが、こうして間もなく仕事の終わる午後8時、アロマショップle vent(ル ヴァン)店長武村紀子(たけむらのりこ)から引導を渡された。 「紀子さん、あんまり嬉しくないんですけど」 「あら、何が?30になったこと?オトコがいないこと?それともプレゼントをもらえないこと?」 「うーん……それ、全部です」 店の閉店準備をしながら答える私。 「最後のとこは、はずれかな?」 「え?」 「はい、これ」 振り向いた私に差し出された紀子さんの手の上には、リボンのついた小さな包みがのっていた。 「わあ、ありがとうございます。開けていいですか?」 「どうぞ」 紀子さんはいつものように腕を組みながら、にこっとした。 この形は見慣れたエッセンシャルオイルの箱だけど、と思いつつ開けてみると、 「え!嘘?」 思わず叫んでしまった。 中身はダマスクローズの5ml。 しかもアブソリュートじゃなくてオットー。 うちの店で2万5千円で売ってる代物だ。 「紀子さん、いいんですか?」 「いいわよ。だって、今夜はたか子ちゃんには必要でしょ」 「はい?」 ローズは気分が沈んだ時にお勧めのアロマだ。 「必要、です……かね?」 「かもね」 かれこれ、5年の付き合いになる紀子さんは私をよくわかっているという素振りだ。  
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