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闇の中だ──。
手を伸ばしても、伸ばしたその手が見えない程の闇……。そんな漆黒の闇の中で、何かが笑っている。
「ククク……」
何者なのか? どこから聞こえてくるのか?
不気味に響く笑い声を聞いていると、恐ろしく不安に駆られてくる。だが頼りになるのは、この笑い声だけだ。
ゆっくり、ゆっくりと足を前に出し、その声のする方へと近付いていく。いや……近付いているのか、遠退いているのか……それさえ分からない。
ただ、何となく──あの声の元へ、辿り着かなくてはならない──そんな気がしていた。
歩かなければ、あの声の元へ。でも……。
“あなたは誰……?”
尋ねても答えが返ってくる事はない。声はただ笑うのみ……。
どこまで行けば辿り着けるのだろう?──ふと、そんな事を考えた時だった。
「娘よ……」
“えっ!?”
声が語り掛けてきた。
上空から、正面から、背後から足元から……。耳元で囁く様に、遠くから叫ぶ様に、愛を謳う恋人の様に、仇敵が呪詛の言葉を唱える様に……男の声が響く。
「肉欲に汚されし、美しき娘よ」
じわりと心に沁み入る声は、熔ける様に拡がり──侵蝕する。
「……いずれ彼の地で見えよう」
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