港町の風

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 ナサニエルの研究所――怪獣礼拝堂での、嵐の講演会の翌日。  前日からずっとカンカンなナサニエルは、本来は慎ましくあるべき司祭の部屋で、大きな古びたデスクの椅子に腰かけ、タバコの煙を吹かしていた。 (おのれギルギス!)  怒りの元は、もちろん講演会にしゃしゃり出てゴタクを並べて消えていったギックルルスだった。今までの学者人生の中で、これほど屈辱を味わわされた相手はいない。というより、証拠不十分とはいえ、自分の説が理を持って否定されたことに我慢ならない。  ナサニエルは、本気でギックルルスをサメの水槽に投げ込んでやりたい気分だった。 「ナサニエル、失礼するわよ」  副硫煙が充満する部屋に、唐突に女性が入ってきた。 「ノックぐらいしろ、リナ」  ナサニエルは、苛立ちげに女性の名を呼んだ。  リナ・クィーバー。  スーツを着たこの眼鏡の長身の女性は、ナサニエルとは良き研究者仲間であった。IQ160という天才的頭脳の持ち主であり、化石研究を専門とする古生物学の第一人者だ。  現在はイギリス・オックスフォード大学で講師を務めているのだが、友人の講演会――それも、古代のサメに関する考察があると伺ったので、ヨーロッパの西端まで飛んできたのだ。  言うまでもなく、リナはあの激しい論争の一部始終を見ていた。
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