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「お水飲む?」
女の子はカバンから取り出したペットボトルを開封して、こちらに差し出してきた。しかしここには皿がない。裕が飲み方に困って固まっていると、女の子は自分の手を受け皿にして水を注いでくれたので有難く飲んだ。
水分補給をしたら、体も心も少し落ち着く。
心の臓が暴れたのか、呼吸がおかしくなったのか、妖に医者などいないから原因は裕自身にも分からない。ただ、生まれたときから決して強くなかった裕の体は、少し無理をすると時々おかしくなる事があった。
こればかりは妖術の類でもどうにもできない。生まれ持ったものは仕方がない。
しばらく安静にして休めばそのうち回復する。偶然ではあるはずだが、まるでそれを知っていたかのように、女の子は不思議なほど丁寧に裕の面倒を見てくれていた。
日が少し傾いてきて、気温が下がってくる。
ベンチの上で、女の子の荷物に寄り添うようにして体を丸くした裕を隠すように、再び女の子の上着がかぶせられた。目立たないように、そして冷えないように気遣ってくれているのだ。
「待ってる人、来るといいね」
妙にませたその女の子は、自分も迷子になっているくせに、優しい声でそう言った。
裕は自分のことだけで精いっぱいで、彼女の掛けてくれた言葉をいちいち咀嚼する余裕すらなかったというのに。
ふと、暗くなる前に彼女を探している大人の元へ連れて行ってやろうという気持ちが芽生えた。ほんの気まぐれであり、僅かながら礼の気持ちもあった。
裕とて人間の学校生活についての知識なら持っている。彼女が小学校の修学旅行生であるなら近くに集合場所が決められているはずで、集合時間に一人だけ現れなければひと騒動起きるだろうことも予想がつく。おそらく集合場所には教師たちが待機しているはず。そうなると場所も絞られてくる。いざとなれば彼女の荷物に着いている匂いを辿ればいいだけの話だ。
警察犬の真似事をするのは気に食わないが、世話になった例にと裕は腰を上げ、すたすたと歩き出した。
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