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『実は、私の知り合いの男性も東郷さんと同じような時計を持ってるんだけど、中々触らせてくれないのよ』
里香子が突如、屈み込んで東郷の顔に自分の顔を近づける。香水の匂いが鼻を突き、 驚いた東郷は体を少し後ろに仰け反らせる。
『そうなんですか。でも、それ程大事にしてるものなんですよ、きっと……』
『やっぱり、そうかなあ……高価な物だから触らせないと思ったんだけど、どうやらそれだけじゃないような……』
『と言いますと?』
『誰かから贈られた物みたいなの。裏の方に何か言葉が刻まれてるから……』
『えっ、言葉ですか……じゃあ、彼女からの贈り物じゃないんですか』
東郷はここで、卓司達に向かって、この時、内心、自分と同じ事をする人間もいるんだなぁと感心したと言う。
『でもね、彼女の贈り物としたら変な言葉なのよ』
だが、急に雲行きが怪しくなる。
『何という言葉ですか。良かったら聞かせて下さいよ』
『いいわよ。確か……感謝の意を込めて、とかなんとかじゃなかったかしら、私も1、2度しか見てないから詳しくは分からないのよ……』
東郷の話はそこで終わった。東郷は大きく溜め息を吐くとまた話し出した。
「………驚きました。目の玉が飛び出るというのは、あ~~いう場合を指すんでしょうね……沼尻さんが亡くなった時、私は入院中で、葬式にも行けず、時計の事などはすっかり忘れてました。だけど、あんな形で時計の行方が分かるとは思ってもみませんでした」
東郷の語気が強まり、目には山井が死んだ今でも尚、憎悪の念が見て取れた。
「持ち主の名前は聞いたのですか」
卓司は東郷の気持ちを落ち着かせようとしたのか、ゆっくりとした口調で尋ねる。
「聞こうと思ったのですが、守さん達が丁度、歌い終えてカウンターに戻って来ましたので、その時は聞けませんでした」
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