前夜2⃣

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リナは後宮に勤め始めた。 マリとは違い、高級侍女 としての出仕だった。 表むきはある老貴族の 遠縁の娘とされたのだ。 これにはおそらく、王の 意向があったのだろう。 たとえ正式には王女と 認められないにしても 王家の血を引くリナに 下働きをさせるのは気が 引けたのかもしれない。 同じ理由から、リナは 正妃付きの侍女になった。 タイミングが違えば姉妹と 呼んでいたかもしれない 姫達や、他の妃達の下に おくことにも抵抗が あったのだろう。その点 正妃付きの侍女なら、 基本的に妃候補なので、 召し使われるというのとは 違い、仕事も些細なものが ほとんどだ。また、王と 会うこともたやすい。 王はいつもリナを 気に掛けていた。娘とは 呼べなくても、侍女として 信頼しているという態度を 示して、それとなく 後ろ盾となった。 もしかしたら、王の そうした態度を男女の 愛からくるものと 誤解した者もいたの かもしれない。 そのようにして 三年がすぎた。戦争がおき 追い詰められ そして、あの日。 投降の前夜、毒の給仕の 役目にリナを指名したのは 王の唯一といっていい あからさまな態度だった。 「陛下…お求めのもの、  お持ちいたしました」 「あぁ…ありがとう」 「あのっ…、本気、  なのですか…?」 「…あぁ。世の中には  どうしてもしなければ  ならないことも  あるのだよ。…それより  すまなかったな。  …このようなことに  なるとわかっていれば  そなたを後宮になど  召さなかったがな…」 「いいえっ!私…  うれしかったですわ。  …気に掛けていただけて  いると知って、  幸せでしたわ」 「…そうか。だが  すまなかったな。  わしは…そなたにも  そなたの母にも、何も  してやれなかった。  …きっと、他にも方法は  あったはずなのに  そなたらを見捨てた。  あれは死んでしまったし  そなたを娘と  呼ぶこともできない」 「陛下っ」 リナの声にはわずかに 非難がにじんでいた。 「…いいのだ。どうせもう  コウエンは滅ぶ。  …体裁だけのしがらみに  縛られる必要はない。  そなたは、わしの娘だ」 リナは王にすがりついた。 二人ははじめて親子として 抱擁をかわしたのだ。
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