1.のづら過ぎり

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  往けども往けども、殺伐たる光景。   遠くには山々も見えるが、あの辺りは言語に絶する科刑がなされているらしい。 しかし何故か、自分たち四闘神には未だ閻魔王からお達しがない。 ないのをいいことにそれぞれが好きに過ごしている訳だが。     龍羅はあてもなく、ただ歯ごたえのある相手を求め歩いていた。 歩き続けていると、小高い丘のある場所にさしかかった。 多少辺りを見渡せる程の。 そんなところに、一人の人間がぽつんと岩に腰掛けていた。   (人間が何をやっている…)   不審に思ったが、龍羅は無視し、通り過ぎようとした。 だが、じーーっと見送っている視線に、振り向いた。 「何か用か」   その人間は、着流しを着崩し、髪を結い上げて簪なんか挿してやがる。 これまで見てきた地獄に堕ちた人間どもと言えば白い死装束を纏っていれば上等で、大抵は裸に剥かれている。 それに比べ、なんだこいつは。   何も答えず、じーーっと見上げているそいつに龍羅はなお、問うた。 「見ねぇ顔だな」 「…おれ、ずっと向こうの原っぱで芝居小屋やってんの。今日はお茶点ててくれるって。だからこの辺で待てって」 分かったような分からないような応え。 「…誰かと待ち合わせてるってことか」 「うん」 近寄って見れば、割とちょっと可愛い顔だ。 だが、頭の方は…話にならねぇ。   「あんたはこの辺の人?」 「あぁ…根城にしてたが鬼ども逃げちまいやがってな、どうにも暇が潰せねぇから相手を探してたところだ」 「へーぇ。腕自慢なんだ」 とろん、と夢見地な瞳が一瞬だけきらっと光った。 「ま、鬼じゃ相手にもならねぇよな。おれもすぐ飽きちまった」 「ふん。いっぱしの口聞くじゃねぇか」 口の端で笑ってやった。 すると、そいつは小馬鹿にしたように眉尻を上げ、薄く笑いやがった。 「あんたほどでも」 生意気な野郎だ。 「腕に覚えがあるんなら…」 「今日は野点てなの。おれ得物置いてきちまってんの。手合わせなら別の日な」   別の日。   龍羅は哄笑した。 愉快な冗談だ。 暦どころか時の経過する感覚すら狂っちまうこんなところで、別の日、だと。   そいつは笑われたのが気に入らなかったらしく、むっと口をつぐむと、背を向けた。   龍羅はふと、覚えのある気を感じた。   圧倒的な威圧感。   こんなところで『奴』の気に当てられるのはごめんだ。   背を向けたままのそいつを残し、龍羅はそこを離れた。
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