序章。

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明るい夏の日差しを受け、円を描くように連なる山々の青が、きらきらと輝く。 その中から遠く響いてくるのは、一頭の馬が地を踏み締める音。 音は次第に大きくなり―― 力強く山道を掻き分けて走るは、連銭葦毛(灰色の地に銭模様)の馬。 乗るのは灰色の髪を後ろで纏めた、壮年のたくましい武士。 脇目も振らずにひたすら走る。 昼下がりの木漏れ日に照らされた男の額には、うっすら汗が浮かんでいた。 見据える先には里がある。 まだ青い稲は光をいっぱいに浴び風に揺れ…… 畦道では子供たちが戯れていた。 薪を運んでいた一人の大人が、後ろから近付いて来る男に気付く。 そして前にいる子供たちに、何か大声で言った。 子供たちは一斉にその樵(きこり)の方を向いた。 そのさらに後ろを見つめ、ばらばらと道を空ける。 「稲は順調か。」 男は行き先を見つめたまま、樵を追い抜き様、短く声をかけた。 樵は平伏し、畏まって答える。 「へぇ。おかげさまで…」 樵の返事を待つ前に…… 馬は子供たちをも飛ぶように追い越し、波打つ青田の海をぐんぐんと翔けてゆく。 ――そしてあっという間に見えなくなった。
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