第4章 Y's

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うちに戻ると由梨が1曲完成させていた。 いつもながら、由梨は私の詞の世界を見事に曲に載せる。 曲がうまく浮かばない時でも、しかめっ面になることはない。 由梨が何か悩む事があるのだろうかと不思議に思うが、そういえば、一度だけ由梨の悩むというか、困った顔を見たことがある。 小学校の時だった。 教室で彼女に誘われ、一緒にトイレに行こうとした時だった。 「あ、由梨、頭にチョウが留まってる…」 「え……?」 由梨は椅子に座ったまま、そのままぴたっと動くのを止めた。 「まだいる……?」 「うん。つかまえようか?」 「いい……」 でも、由梨はトイレに行きたそうで、もじもじしていた。 別に虫が怖い訳じゃない。 由梨はせっかく留まったチョウに気を使っただけだ。 さすがにその時は、由梨の困った顔を見た。 もう限界だという時に、チョウはひらひらと飛んでいった。 あの時の由梨の満面の笑顔と、素早い動きは忘れられない。 あの時以上に速く動く由梨を、その後見たことはない。 そういうこともあってか、彼女はトイレだけは余裕を持たせるようにしている。 それ以外も早め早めの行動が多いかも。 あれ? 意外と神経質ということか? 由梨の部屋の様子やもろもろを頭に思い浮かべる…… いや、そうは思えないけど…… ま、いいや。 話が逸れたけど、彼女の曲は素晴らしいということ。 最初は、二人で打ち込みに載せて演奏したり、ライブの時は助っ人を頼んでしていた。 そこに元町ロフトのオーナーの紹介で、正式にベースとドラムスが加わった。 彼女たちは私たちのファンだと言った。 前のバンドが解散して、しばらく活動を休止していたが、Y'sの音楽を聴いて、また血が騒いだらしい。  
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