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それは突然の発言だった。
「ねぇ秋人君! デートしよう」
昼休み。中庭。いつもの面子で昼食を食ってる時。
みよりの手作り弁当の中から、今日のメイン、ぷりぷりエビフライを半分咀嚼して嚥下したときだった。
飲み込んだ後たがら盛大に吹かないで良かったのはラッキーだな。
「おい、俺は日本人だからイタリア語で話されても分からんぞ」
「いや、秋人。今の完璧日本語だったぞ」
水近の突っ込み。うむ、タイミングとしては間違ってないが、少し勢いに難ありか?
「黙れ水近! 俺は今物凄く混乱しているんだ。今なら富士山をマッターホルンと言われても信じてしまうかも知れない」
はいはい。と、水近は呆れた様子で、でぶの肉球を触り出した。
俺はみよりに向き直ると、その陳腐な発言の意味を探ろうと言葉を紡ぐ。
「で、どゆこと?」
問われたみよりは、しかし不敵な笑みを携えて鼻を鳴らす。
なんかムカつく仕草だな~おい。
「秋人君! 今日は何の日何の日?」
楽しそ~に言うみより。はて、今日? 何の日だったかな?
「女の子特有のあれの日?」
「秋人君サイテー」
フランクな性的冗談をかまして様子を見るが、どうやら秋人君は、『変態』のレッテルを貼られただけで成果はなかった。
「秋人、今日が何月何日か思い出せば速攻で分かるさ」
今日が何月何日? 何日だっけかな?
すぐに思い出せれなかったので、仕方なくポケットから携帯を取り出して日付を見る。
画面の端っこに、『七月七日』と映し出されていた。
「ああ、七夕」
秋の季語のくせに夏に来るという矛盾添加物たっぷりのメルヘンね。
「で? なんで七夕がデートになるんだ?」
俺の問いに、ふっふっふ。と、怪しく笑うみよりが少しだけアホに見えた。
いや、アホだ。そうに違いない。
「七夕はね。織姫と彦星が一年に一度だけ会える日なの! だからそれにあやかって私たちもデート──」
「あ、キャサリンに餌をやらないと!」
俺はみよりの言葉を遮ってそれだけ言うと、飼育小屋方面に退路を見る。
これは逃げるのではない、勝利への布石だ。マッカーサー並の戦略的撤退なんだ。
俺はリメンバーパールハーバーの精神の元、みよりから離脱を開始した。
が、開始した直後にドゥリットル空襲並に虚を突かれる。
それは言葉の爆弾。
みよりだからこそ使える焼夷弾。
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