【第十三章】九尾の妖狐、信太の森に帰る語

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「夕星を弟子にすることにしたらしいな」 件の事件から一カ月後、晴明が見舞うと忠行(ただゆき)は開口一番そう言った。 痩せこけた頬や目の下のくまが痛々しいが、今日は随分顔色が良いようだ。 寝床から上体を起こし、時折咳き込みながらも、その口元には笑みが浮かんでいる。 このように心の底から楽しげな師を見るのは久方ぶりであった。 半蔀から差し込む日差しは明るく、御簾を通す風はほどよく温かい。 それも忠行の体調に良い影響を及ぼしているのだろう。 「……そのように大袈裟なものではありませぬが」 忠行の傍らに正座した晴明は淡々と応じた。 晴明の横に並んで座した三十路ほどの柔和な顔つきをした男……忠行の甥である賀茂信興(かもののぶおき)がくすりと笑う。 信興は晴明と同じ陰陽寮に属しており、現在は天文博士の補佐である権博士(ごんのはくじ)を務めている人物だ。 官位こそ晴明より格下ではあるが、遠縁とはいえ賀茂家の血筋であり、元より晴明とは知りあいであった為、今も晴明とは懇意にしている。 面と向かって言葉を交えることができる、数少ない晴明の友人である。 「叔父上。晴明殿は、夕星殿は目を離すとまた危ない事に進んで関わるかもしれない……それならいっそ望み通り自分の手元で陰陽道を教えた方が安心できると、そうお考えなのですよ」 信興の説明に、忠行が声を上げて笑う。
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