凶兆

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「いよいよだな。 ……どうだ、立案者としての気分は?」 第2機動艦隊旗艦(海燕)艦橋。 岸壁から送られる帽振れに応えながら、2機艦司令長官 小沢治三郎は傍らで帽子を振る参謀長 益田健吉に尋ねた。 「立案者と言われましても……。自分は大した事はしておりません」 答える益田の顔色は悪い。 あの会議以降、益田は軍令部との協議に参加するため、何度もトラックと本土の間を往復した。 当然、参謀長としての職務もこなさねばならなかったため、益田の負担は相当なものとなった。 さらに昨夜の酒保開きの際の飲酒も祟り、その表情は米軍だけでなく、睡魔と疲労、二日酔いに対する闘志も混ざり、幽鬼を想像させるようなものになっている。 「……少し仮眠をとってはどうだね?」 そんな益田の体調を気に掛け、小沢が勧めた。 「……ありがとうございます。ですが、せめて敵艦隊の動向が判明するまでは……寝るに寝れません」 作戦発動以降、帝国海軍はあたかもウェーク島を攻略するかのようなニセの電文を発信し続けた。 さらにトラックに定期的に物資を運ぶ輸送船団に、空荷の輸送船を紛れ込ませて数を増して上陸船団を装ったり、空荷の輸送船団を、わざとトラック近海で航行させる事で、陸上部隊が集結しつつあると米軍に錯覚させる欺瞞行動も実施された。 念には念を。 聴覚、視覚の2つを利用した、帝国海軍挙げての大芝居が太平洋を舞台に行われたのだ。 米軍側は知っているはず。帝国海軍が、ウェークに来寇する事を。 すでに索敵部隊として、 多数の伊号潜水艦が真珠湾方面に放たれている。  米艦隊が真珠湾から出撃するやいなや、ただちに報告が入る事だろう。 マーシャル方面に基地を置く爆艇隊も、その補助として動く手筈になっている。
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