61991人が本棚に入れています
本棚に追加
/642ページ
◆◆◆
仕事終わり、青年は帰路についていた。親しみのある夜闇を音もなく歩き、主のいる館へと向かう。ぽっかりと浮かぶ月の光が、彼の銀髪に降り注いでいた。
こちらの世界の夜は静かだ。セツナはいつもそれを感じる。
あちらとは大きく違い、街灯などもない。精々店先にランプがぶら下がっているくらいだ。外には人もおらず、通りはひっそりとしている。
その静かな時間は、時に余韻に浸る幸福な時間ともなる。しかし今日のセツナは溜息混じりに呟いた。
「今日はハズレだったな」
今回の仕事はつまらなかった。そういう意味だ。多くの場合、標的には腕の立つ用心棒がついている。中には見せかけだけのもいるが、そこそこ楽しめる者もいる。
だが今日の標的は、警備以外何も用意していなかったのだ。その程度、彼なら簡単に抜けられる。
「はぁ…」
それだけが残念だった。
気分を拭えないまま目的地に到着するところで、静かな声がかけられる。
「無事に戻ってきたみたいだね」
無論青年は、人の存在に気付いていた。そしてそれが誰かも。
「若様じゃないか。こんな時間に何してるんだい?」
軽い口調の使い魔。だが声の主は気にせず答える。
「君が心配で外で待ってたんだ」
「そう真っすぐ言われると照れるね。ま、ありがとう。この通り無傷だよ」
小さな笑みを口元に浮かべ、セツナは慇懃に礼をする。
「ただいま、イアン坊っちゃん」
「うん…よく帰った」
少年が頷く。星明かりの下であっても、セツナの目にはその姿が見えた。
中背痩躯。艶のある黒髪を持ち、綺麗だが幼さの残る顔立ちをしている。髪同様に黒い双眸にも複雑な感情が宿り、今は陰りを見せている。
年齢は十五歳程か。年不相応に落ち着いた空気を纏う一方で、暗い雰囲気を醸し出していた。
彼こそがセツナの召喚主、イアン・トローアだった。
表情の優れない主に、青年は優しささえ感じられる微笑のまま尋ねた。
「若様はどうしてそんな浮かない表情をしているんだい?」
ピクリと少年の眉が動いた。だが答えはない。
「また国王から仕事の依頼かな?」
その問いに、今度は体が震えた。図星のようだ。
「なんだ、それなら早く言いなよ」
セツナが笑んだまま言う言葉に、少年の表情が益々暗くなる。
最初のコメントを投稿しよう!