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「ヒイイィィッ!ゆ、許してくれ!頼む!」
恰幅のいい男が、甲高い悲鳴を上げながら床を転げ回る。息も荒く目は怯え、顔色も青ざめている。
だが彼がこんなにも命乞いをする相手は、顔色一つ変えずに告げた。
「悪いね。この仕事は信用が大事なんだ」
全く悪びれる様子もなく男の懇願を却下する。
それを聞いた男は何とか逃げようと必死になるが、焦って足がもつれ倒れこむ。体を起こす事もままならず、かといって背中は見せたくないため、仰向けの状態で上半身を僅かに起こし、両肘で後退る。
「な、何故だ!?何故私を狙う!?」
「今さらそんな質問かい?自分でも心当たりがあるから今まで聞かなかったんじゃなかったのかい?」
「だ、誰の差し金だ!?」
「きっと君を嫌ってる誰かだよ」
のらりくらりと答えをかわす刺客相手に、男は必死の体で時間を稼ぎ何とか逃げ道を模索する。
――だが、眼前の生き物はそんなに甘くなかった。
ドンと背中が壁に当たる。気付けば彼は扉から一番遠い部屋の隅に追い詰められていた。
(馬鹿な…!!)
自分では常に逃げ道に向かって進んでいるつもりだったのに、いつの間にか誘導されていた。
脂汗にまみれた顔をあげると、刺客が音もなく近づいてくる。
「諦めてくれたかな?」
そいつは、花のような笑みを浮かべた。
男とも女ともつかない中性的な容姿。だがその造形は何とも美しい。背中まである銀髪は刃のように煌めき、金色の双眸が爛々と光っている。黒い装束に体をすっぽりと包んでいるせいで、余計に肌の白さと髪、目の色が目立っ。
一見年端もいかぬ青年で、とてもじゃないが脅威があるとは思えない。
しかし、この館に誰にも気付かれることなく忍び込んだ事といい、ただ者ではない事は確かだ。
――それに、最近よく耳にする噂があった。
誰かが刺客を放ち、国営に邪魔な奴を消そうとしている。
今この国では、軍備拡張が密かに推し進められ、領土拡大が囁かれている。つまり、戦争の準備をしているということだ。
それをスムーズに進めるために邪魔な人間を一掃しようとしているとも言われている。そしてその黒幕は――。
「まさか貴様、国王の――っ!?」
「そこまでだよ」
氷のような声と共に、右腕が霞んだ。
一瞬の後、右腕が戻った頃には、先程まで話していた男が静かになっていた。
それもしょうがない事だ。男は喋る頭をなくしていたのだから。
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