中盤ノ参

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「すまない。君にこんな事をさせてしまって…」 暗い表情で突然謝罪する主に、銀髪の青年が鼻息を吐いた。 「若様、言ったでしょ?僕は気にしてない。こっちには魔法があるから、むしろ楽しめる」 そう軽く答える使い魔だが、少年の表情は変わらない。むしろ何かに強く反発するように、イアンは頑なな態度を見せる。 「でも…っ!」 彼の憤りの意味がわからないセツナは、眉根を寄せて首を傾げた。 ――二人の間には大きな隔たりがあった。 静かな夜半。夏も盛りに近づくこの頃、活気づく生命の鳴き声が僅かに耳に届く。いくばくかの沈黙が漂った後、若い主が使い魔に尋ねた。 「セツナ…何故君は、そんなにも簡単に人の命を奪えるんだ…?」 イアンが拘(こだわ)っているのはそこだった。 彼は下級でも貴族だ。領地を守り領民を護るという義務を持ち、それが当然だと考えている。そんなイアンにとって、敵でもない人間をいとも簡単に殺してしまうセツナが理解出来なかった。 「君は異世界からこちらに来た。こちらの世界の人とは関わりもないはずだ」 少年は顔をあげ、真っ直ぐと使い魔を見据える。 「なのに何故、そんな簡単に人を殺せるんだ?憎い訳でも恨みがある訳でもないのだろう?」 悲痛さすら窺えるイアンの疑問――否、疑問と言うよりも、人は護るべきだと信じる者の訴えだった。 しかし、青年の反応は溜息をもう一つ重ねただけだった。 「だからさ若様、その話は何度もしたでしょ?僕達はその点は解り合えない」 まるで困った弟を見るような目で、やれやれと首を振る。 「若様は稲を刈るとき躊躇ったり、罪悪感を抱いたりしないでしょ?それと一緒だよ」 「一緒なものか!同じ人間だぞ!」 「でもね、それが僕の仕事なんだよ」 ぐ、と少年が押し黙る。 「好き嫌いはともかくとして、僕は生きるために仕事をしてる。暗殺を仕事にしてるのは楽しめるからかな」 その言葉にイアンは怒りを滲ませる。 「そんなに人殺しが楽しいか!?」 だがセツナは、少し目を円くかぶりを振った。 「僕は殺しを楽しんだ事はないよ。友人に言わせれば、殺人を楽しむ奴はどっかおかしいのさ。僕が――僕達が愉しむのはね、強い奴との戦闘だよ」 青年はそう――背筋が寒くなるような笑みを零した 「さ、もう寝よう。明日は国王に会いにいかなくちゃ」 納得出来ない少年を促し、彼らは屋敷へ入った。
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