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 時がゆらぎはじめる酒場。  深みのある青い影があたりを支配し、ゆるやかな音楽がさざめく人々の間をながれていく。  彼らの足元、強化アクリルの下を、幾人もの女が裸で泳いでいた。  レーザー光が波打つ体には、蛍光ウィルスで書かれたタナトスの文字が読める。  ユーラシア大戦による都市部への限定核攻撃と新型細菌兵器攻撃、そして人類史上最悪の大震災により荒廃した日本の旧首都、東京。  空には大陸から運ばれてきた細菌雲が浮かび、重くるしい大気の中には、ゆるやかで確実な死をもたらす小さな死神たちが舞っている。  人々は地上を捨て、海中に多層構造の都市を建設し始めていた。  東京ベイエリアに浮かぶ、巨大なフロートシティ『ナイオン』。  その名を聞くと、一般人の誰もが嫌悪の表情をうかべる最下層、第四層歓楽街。  数千もの太陽光集束ファイバーが閉じると共に、このエリアは動きだす。  うつろな眠りにおちいっていた街並みが目を覚まし、派手で華美なディスプレイを瞬かせ始め、酒と暴力の微香を含んだ呼吸をはじめる。  第四層には、第一層の知性と優雅さのかわりに、混沌とした熱気と、いつ果てるともない欲望に満ちあふれていた。
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