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「また僕ですか……。前回も僕でしたよね」
「頼むよ涌井、小松が急遽予定入っちゃってさ」
「でも……」
「そこをなんとかさ、うちの部での最後の仕事だろう」
「……行きますよ」
僕は、関東にある業務用機器販売会社の技術スタッフとして勤務するごく普通の三十六歳のサラリーマンで、来月八月から現在の技術部から開発部への転属が決まっていた。
小さいが家も購入し、二歳下の妻と、小学生と幼稚園の子供がいる。
二十五歳で結婚し二十八歳で父親となり、可も無く不可も無いが、それなりの独身時代も謳歌したつもりでいる。
山も谷も無いが大した不満も無く平穏な生活に満足している。
持病の薬を飲み始めてから、白髪も何本か目立つが、それさえも最近は気にしなくなっていた。
「子供達夏休みなのになぁ。また休日仕事って言ったらがっかりさせちゃうな」
「先輩!また今週末出張ですね!」
四年後輩の小松だ。
相変わらずのハイテンション。
小松が新人の頃、僕が小松の指導員だった。
独身でチャラチャラしているが何か憎めない。
「ですね……ってお前の代打だろ!」
「すみません、用事が出来ちゃって……」
「部長から聞いたよ、法事なんだろ」「いや、先輩には正直に言いますけど……実は温泉いくんすよ……」
「ほぅ……温泉ね……温泉で法事ね、さて部長に報告と」
「ちょい待ってくださいよ!新しい彼女と予約しちゃってたんすよ……また今度合コン誘いますから」
「だからそういうのは行かないって言ってんだろ。もう興味ないの。」
「またそんなこと言う、ホント固いんだから。結構人気有りますよ、他部署の女子からも。そこそこイケ面なのにもったいないっすよ、白髪も染めればいいのに。」
「バカ言ってんじゃないよ、俺は結婚して子供もいて幸せなんだよ。何が固いだ、これが普通なの。お前もいい加減アッチコッチ遊んでないで……」
「あ、実は先輩、女の子に対して臆病だったりして」
「誰が臆病だって、俺はお前と違って大人だからもうそういう時期はとっくに終わってん……」
「ま、とりあえずよろしく頼みますね、じゃお願いしまーす!」
「おいっ、小松!!」
こんな風に決まった僕の技術部最後の出張。
行くはずのなかった街。
出会うはずのなかった人達。
そして思い出すことのなかった淡い気持ち。
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