主よ、人の望みの喜びよ

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「歩はまだ十七です。今ならまだ引き返せる。この四月には高三にもなって、受験もあります。M大以外の大学を受けたいとも言っている事ですし、そういう事に時間を割いてもいられません。そうしているうちにきっと」  ――きっと。俺の事は忘れるだろう、と。  慎治は黙って目の前の男を見た。正確な年齢は知らないが、恐らく慎治と同世代。既婚者で、ノンケ。歩の気持ちに気付かないまま、歩に優しくしてきたんだろう。普通の道を普通に生きてきた人間の考え方。これが現実だと、改めて思い知る。  もし今、慎治が歩に別れを告げたとしたら。時が経てば歩は慎治を忘れるかもしれない。けれども、歩がその次愛する相手に出会った時、その相手も多分きっと同性だろう。野田に説明しても理解らないだろうが、これもまた現実だという事を、慎治は知っている。  ――受験。  歩の生活の主軸を妨げることは慎治の意図するところではなかった。歩には早目に帰宅するよう気にかけては来たが、家族の者に出張られる程だったとは。あるいはこれは単に歩と別れさせるための建前か。  ――歩のために俺が取るべき一番良い選択は。  やっぱ別れ、か。 .
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