一刀・人彫り彫り師。

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水溜まりが跳ねる。 飛び散ったの方が正しいのか。 ズシャリと言う重い音と共に水溜まりが飛び散った。 宵闇の中、薄汚れた路地裏に立つ影一つ。 宵闇の中、立つ影は影より一際濃ゆい黒の影。 だからこそ目立つのか。 その手に握られる短刀が。 鈍く光らぬ短刀。 しかしながらにして持ち手が如何せん黒い為、鈍色の短刀の主張は通っていた。 冷たい地面に討ち倒れる男は思う。 「何故?」と。 確かに今の今まで小汚い事は沢山してきた。 憎まれてもいただろう。 “でも何故自分なのか?” 自分より小汚い事をしでかしている者などごまんといる。 このようやく会社が風に乗り始めた時期に何故この様な事になっているのか。 わからなかった。 男はわからなかった。 でも… 今や動けぬ惨めな自分を見下ろす目は… その手に持つ短刀と同じ鈍い光を持つ目は… ああ…そうか… 男は気付いた。 あの目を知っている。 今の立場になる前に私はよくあの目をしていた。 汚職をした背広組をテレビのニュースで見た時のソレだ。 最も、当時の私は“あの目”よりは光輝いていたと自負するが。 そうかそうか。 いつの間にやら私もまた、あのような目で見られる立場になってしまったか。 “彼”は右腕をゆっくりと上げる。 私はゆっくりとポケットに入っている携帯を取り出した。 “彼”の鈍い光を放つ目は変わらない。 履歴を呼び出し、通話ボタンを押した。 待ってくれているのか…。案外良い奴だ。 『もしもし。』 繋がった。 「あぁ…三奈子か?私だ。」 苦しい声を聞かせないのは責めてもの償い。 『あらアナタ…何?』 案の定冷たい声だ。 何時からか…私達夫婦の間に亀裂が入ったのは。 「ごめんな。今日“から”帰れそうにない。」 『は?からって何?どういう事?』 訝しげな妻の声。あぁ…すまない。お前の人生を台無しにしてすまない…。 「加那を頼むよ。ごめんな。」 『は?はぁ!?アナタ?何言ってンの!?』 「ごめん…ごめんな。お前の事、大事にしてやれなくて。ごめんね。」 いつの間にやら私の声は涙に震える。 『ちょ、アナタ!?』 「ありがとう」 そう言って私は通話を切った。 途端、私の身体の下にあった水溜まりが広がる。 首に違和感。 風が入る。同時に抜ける。 首を斬られた…いや… “削られた”か…。 私の意識は… 宵闇へ…。
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