12人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
数時間前、女の住んでいるマンションの一室で、私と彼女はテーブルをはさんで向かい合って座っていた。
薄化粧をした女は私にむかって一方的に話している。
青ざめた女の口からは、私に対する侮蔑の言葉がもれている。
私は黙りこみ、彼女の際限のない言葉の羅列を聞いていた。
彼女の神経質そうな青白い顔が次第にひきゆがんでいく。
全てがうんざりだった。
そらぞらしい会話や彼女の無意識に媚る仕草、習慣と化したセックス、それにはっきりとしない自分がたまらなく嫌だった。
外面をとりつくろうとして子供じみたポーズをつけたがっている自分に辟易した。
そしてなにより、そんな自分を外から冷静に眺めているもう一人の自分を嫌悪した。
私は全てのものから逃れるようにして彼女の部屋を出てきた。
煙草の煙を外にむかって吐きだす。
よどんだ思いが、公園の風景の中に消えていく。
私は急にするどい痛みを感じて、みぞおちの上あたりをさすった。
会社での仕事の疲れがでたのだろうか、どうにも体の調子が悪いようだ。針で突き刺されるかのように、胃がキリキリと痛む。
「大丈夫ですか。ずいぶん顔色が悪いようだが…」
隣の老人が私の顔をのぞきこんで言った。
どこか遠い場所から聞こえてくる声のようだ。
大気を撫で、桜の花びらが螺旋を描いて降ってくる。
暗闇にそまっていく視界の隅に、老人の隣にいた女性の顔がみえた。
大きな黒い瞳が私をみている。
彼女の唇に微かな笑みがうかぶのを見とどけ、私は漆黒の闇へとすべり落ちていった。
最初のコメントを投稿しよう!