第一章 邂逅する二人

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   1  雲一つ掛かっていない夜空には孤高に浮かぶ満月の姿があった。一点の欠落も見せないその輝きは、眺める者全てを魅了するのには充分な魔力を有していた。  孤高の輝きを見せるそれの周囲には、数多の星達がまるで満月の輝きをより一層に引き立たせるかの様に瞬いている。  そんな闇空の下で男は黒い軽自動車で街中を走らせていた。外気は少し肌寒いだろうが、車内は暖房が程良く効いていて快適その物だった。多少空気は乾燥するが、寒い気候が苦手な男に取って、それは些末な事でしか無かった。  男は車内に備え付けてあったフックに掛けられている金の塗装が施された懐中時計に手を伸ばした。懐中時計の蓋を開いて、時間を確認する。この時間帯なら約束の時間通りに待ち合わせの場所に辿り着く事が出来そうだ。  男はそんな事を考えながら感慨深げに懐中時計の蓋を閉じた。あの人は来てくれるだろうか。男の脳裏にそんな考えが過ぎっていた。一応前以って、連絡して会って話をしないかと言う約束を取り付けはしたが、受話器越しに聞こえて来た相手の声はあまり乗り気では無い様に感じられた。もしかしたら、相手は来てくれないかも知れない。だが、今は信じるしか無かった。  男の運転する四駆が走る事数十分。彼がやって来たのは人気の無い街外れの桜の並木道の入口だった。この並木道は毎年見事なまでの満開の桜の花を見せてくれるが、時期的に今はまだ早過ぎる様だ。並木道の入口から僅かに姿を覗かせる桜の木々達は寒々しく、花弁所か若葉すら見受けられない。何故、あの人はこんなにも寂しい所を待ち合わせ場所に選んだのだろうかと言う考えを、頭に過ぎらせながら車の窓越しに見える景色をじっと眺めていた。
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