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唯恵は穏やかな微笑みを友枝に向けた。
「おぉ、起こしてしまいましたか。」
友枝は首を振る。
「唯恵様……すみません。」
「何、私に謝ることはない。」
柔らかな空気の中、沈黙が降る。
「……さっき言ってたこと…本当ですか。」
「………。
何のことですかな。」
笑顔で首をかしげる唯恵。
「……尚晴がろくに食べてなかったって。」
唯恵は暫く真顔で友枝を見た後、穏やかな笑顔になった。
「あなたたちは本当に自分のことは二の次で、互いの心配をなさるのですね……。」
「え……。」
「でもそこに大きな見過ごしがあります。」
穏やかな笑顔とは対象的に、その口調は厳しい。
「……。
これがもし、逆の立場だったら貴女はどう思いますか。刀の前に飛び出したのが貴女でなかったら。」
友枝はすぐに嫌な顔をした。
唯恵は黙ってうなずく。
「恐らく同じような気持ちを、貴女は尚晴殿にさせたことになりますな。」
友枝は大きく目を見開く。
「私……。」
曇る友枝の顔を見て、唯恵は優しい顔になった。
「友枝殿。
…一人のいのちは、その人だけに宿るものではありませぬ。
.
大きな和の一部。
あなたが誰かに死んで欲しくないと思うのと同様、あなたもまた思われていることをお忘れなきよう。」
友枝は長い間黙って天井を見つめた。唯恵はその間も穏やかな表情を崩さない。
「……私、尚晴に非道いことを。」
唯恵は否定も肯定もしなかった。
ただ初夏の陽射しのように、温かく微笑むだけだった。
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