3.ヴァイオリニストというもの

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あれから忘れた頃になって、大学から、僕の写真が載っている“学校の案内”が送られてきた。ルドは「これが10ドルの仕事か。」と、半ば呆れながら僕と一緒に内容を見る。 理事長や学長先生と握手をする写真、講義を聞く写真、そして、エリと笑いながら話している写真…。 エリ…。 久しぶりに思い出した。そういえば、彼女と一枚も写真を撮らなかったな。 ちょっと物思いに耽った僕に、ルドは「どうした?」と言ったが、「いや、何でもない。」と答えた。彼にも彼女の事は言ってない。 「もう、これは捨てていいな。」 「うん。」 今更、大学案内が手元にあっても意味がない。それに、あれから僕はもう学校はやめてしまった。 ルドは案内を、後で処分する予定の雑誌類の上に無造作に置くと、僕に「コーヒー煎れて。」と言った。そう、彼は僕の煎れたコーヒーが大好きだ。「面倒だよ。テレーゼに煎れてもらいなよ。」と言ったが、「ジムのコーヒーは天下一品!」と言って譲らない。 仕方ないなぁ、とキッチンに立ち、コーヒー豆をゴリゴリと引く。 ゴリゴリ、ゴリゴリ…。 「…。」 僕はルドをチラリと見た。 彼は居間のテーブルでパソコンを広げている。 僕はルドに気付かれないように、さっきの大学案内を手に取ると、自分の部屋の、今は物置と化している勉強机の引き出しの奥に、そっとしまい込んだ。 ~fine~
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