出会い

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筋膜を縫い上げると、皮膚縫合に移る。「E入りキシロカイン下さい」アドレナリンの入った局所麻酔剤を傷口にブスブス何箇所も注射した。こうすることで術後痛みが軽減し、かつアドレナリンの血管収縮作用で針を刺した部位からのにじむような出血が少ないから極めて縫いやすいのである。毒島が局所麻酔剤を打ち終わった事を確認すると、吉沢は筋弛緩剤の投与を止めた。さらにプロポフォールの量を覚醒しない最小量にした。 すでに皮膚には局所麻酔がかかっており、皮膚縫合で痛みを感じないからだ。筋弛緩薬も皮膚縫合にはいらない。ただし、術後疼痛の予防のためマーカインと言う局所麻酔剤を硬膜外チューブから流した。エピドラ(硬膜外麻酔)と言い、一般的な術後疼痛管理法である。 「ヘガールで5-0黒ナイロン針付き、鑷子、」毒島が黒いナイロン糸がついた針をスッと、傷口に入れる。鑷子に持針器で黒い糸を2回巻きつけて、鑷子で引き抜いて糸を結ぶ。あまりの糸を直せん刀で切る。一連の動作は造作も無いようにスッスッと繰り返す。毒島にとっては皮膚縫合なんてのは裁縫と大して変わらないものだと思っている。傷が縫い終わるのは数分のことであった。「終了です。ありがとうございました」と一礼し、スタッフが呼応する。術時間1時間30分。松沢は驚嘆する。 「ガーゼ」ガーゼで傷を覆い、サージカルテープを貼る。最後の一針でプロポフォールを切り、リバース(筋弛緩薬の拮抗薬)を投与したが、まだ覚醒はしてこないようだった。腹部を照らす強烈な無影灯が消される。一度外科医達は、退出して血のついたラテックスグローブとガウンを脱ぎ捨ててから入室する。するとその時、患者がいやいやをするように、首を動かし始めた。吉沢が「わかりますか。手術終わりましたよ。僕の声が聴こえるなら、瞬きしてみてください」と話しかけると、まばたきをする。「では、手を握ってみてください」ギュッと吉沢の手を握り返してくる。「よし、抜管しよう」 人工呼吸器のスイッチを切り、挿管チューブを固定するテープを外し、バイトブロックを抜く。さらに、ゆっくりと挿管チューブを抜いた。酸素をベンチュリーマスクで吸入させ、サチュレーション(血中酸素飽和度)を見るが特に低下はない。
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