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桜幻想

小説 青春

桜幻想

青海月子

冬に届いた、桜の花弁の織り込まれた葉書

完結

2ページ

更新:2018/04/15

説明

 封筒を差し出したのは、彼女の透き通るように白い、華奢な手だった。
 ポストに入れたほうがいいとは思ったのだけれど、とはにかんだように伏せた目の長い睫毛を眺めていた。
 無地の封筒の中に入っていた手漉きの和紙でできた切手が貼られていない葉書。
 荒い繊維の見える和紙に、色あせた桜の花弁が一枚、織り込まれている。

 ――桜の花びら入りの葉書が冬、真新しい封筒に包まれて手元に届いて、開けてみれば書かれているのは少し右肩あがりの癖のある文字。
『お元気ですか
 少しでも暖かな空気が届きますよう』
 まぎれもなく、あの日に手渡された彼女の手紙は、私が昨日、封筒に入れて投函したものだ。
 どれにしようかとさまよわせた指先が、今も忘れない。
 和紙に織り込まれ、色あせた花弁を、迷いながら選んだ彼女の爪先を覚えている。
「花弁なんて、どうするの?」 
 尋ねたわたしに、彼女は落ちてきたストレートの黒髪を後ろに払いながら、内緒、と微笑う。
 その一ヶ月後に手作りの葉書は彼女からわたしに直接手渡された。
 夏が近い日差しはじりじりと肌を焼き、空も、樹も色が鮮やかになっていく中で、彼女はあまりに気配が希薄になっていた。もともと色が白く、華奢だった身体はさらに細く、硝子細工のように砕けそうで、葉書を受け取った時に触れた手は、ひんやりと冷たかった。
 あのときの桜、綺麗だったから、と彼女が言って、やさしく葉書の表面を撫でた。
 こうしたら、春はずっとここにいるでしょう、と彼女は微笑う。消えそうなほどに、はかない微笑みは今も忘れない。

 ――夏の終りに彼女が逝って初めての春までとても遠く、わたしはわたしに宛てて、あのときの葉書を封筒に入れて投函したのだけれど。
「春はずっとここにいるよ」
 貴女も一緒にずっとここにいる、と思えるようになるまで、あとどのくらいの時間が必要なのか、見当もつかなかった。

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