第3回 yom yom短編小説コンテスト 

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yomyom 西村編集長のひとこと

作家のみなさんの創作活動に関する質問に、yom yom西村博一編集長がお答えします。質問投稿はTwitterのつぶやきに「#ヨムエブ」のハッシュタグを入れて呟くだけ! 回答は毎週木曜日に更新!

※採用された一問一答は物書きのためのメディア「monokaki」に掲載されます。

※編集長が回答する質問はエブリスタ編集部で集約・編集します。すべての質問に回答できるわけではないことを予めご了承ください。

今週の一問一答

RINO


短編を書くのが苦手です。決められた文字数に収めるのにも苦労します。書き方のコツのようなものはあるのでしょうか。

#ヨムエブ

2018.12.06


yomyom 編集長




「何を切り取り、何をスルーするか」

 先日、待てど暮らせど原稿を送ってくれない某さんの身柄を確保しまして、どうなってるのか聞いたわけです。某さんいわく「あのエピソードは欠かせない、このエピソードも必要かも……と考えていたらどんどん長くなってしまって、収拾がつかなくなってしまった」ということで、その時に考えたのは「小説って、書き手自身が<物語に流れる時間>の中で、どこに立っているのかのイメージ固めが必要なのだろうな」ということでした。RINOさんのご質問でそのことを思い出したので、お答えとして書いてみたいと思います。

 小説には「視点人物」がいるということは、前回、前々回、あるいは昨年のこの企画でも何度か触れました。この視点人物の役割をカメラになぞらえることは一般的ですし(五感を備えたカメラというか…)、基本的にはそのカメラが届ける情報のみによって、小説は構築されてゆくわけです。

 視点人物は神のように全知の存在である場合(いわゆる「神の視点」)を除き、その人物は物語のその時点で知り得る情報しか読者に伝えられません。物語の中の未来の出来事を知ってしまうことはできませんし、物語の中の他人の気持ちを代弁することもできないのです(もちろん、推測することは出来ますが)。

 そして、視点人物の意識や無意識や感覚が、無限の情報量を持ったこの世界の中から様々な瞬間に何を切り取っていくかこそ、人物の「心理」そのものなのではないかと私は論を進めてきたのでした。

 でも、それならば視点人物が、世界の無限の情報の中から「何を切り取り、何をスルーするか」は、いったい誰が決めるのでしょう? それは、その作品を書いている作家ご自身になるわけですよね。つまり、物語の中には視点人物の心理のほかに、「メタ心理」とでも呼べそうな、視点人物の心理をコントロールしている書き手の意識も微かなBGMのように流れていると言えるでしょう。

 そして、この書き手は、物語をどこかに立って俯瞰しています。それは物語の結末地点なのかもしれませんし、結末よりももう少し手前で読者や登場人物と一緒に未来に目を凝らしているのかもしれません。

 なんだか曖昧ですね……もう少し具体的にしてみます。



「短編は長編より楽に書ける」わけではない

 たとえば、徳川家康を主人公にその人生を描く歴史小説を書くとしましょう。この場合、作者はきっと物語の結末地点に立って家康の人生を俯瞰します。本能寺の変に慌てふためく1582年の家康は、天下統一を完成させ徳川幕府を開く1603年の家康を知りません。でも、作者はそれを知っています。知っていながら知らん顔して、家康に挫折を経験させたり野望を抱かせたりするわけですね。

 その際、作者はこの小説で「平凡で小心者の青年が、やがて周囲の先輩たちの凄いところを吸収しながら偉人となる姿」を描きたいと思ったとします。物語序盤の家康は、たぶんぼーっとしてたり、ビビってたりしがちでしょう。世界の無限の情報の中から、そうした瞬間を“切り取り”ながら描かれていきます。で、そのうちたとえば秀吉みたいな凄い人との出会いとか、謀略の競い合いをする場面とか、そういう成長するきっかけみたいなものが“切り取り”されます。やがて先輩たちを乗り越えるとか蹴落とすとか、そういう瞬間が“切り取り”されます。あるいは時に、成功者への道を驀進しながら「俺はこんなことでいいのだろうか?」と自問する瞬間が“切り取り”されるかもしれません。こうして物語は、押しも押されぬ征夷大将軍となる結末、作者が立っている最終地点に向かっていきます。

 つまり作者は、物語を最終地点まで走らせるために必要な瞬間の“切り取り”を、選択的に積み重ねていくのです。

 ですので極論ですけど、ある日の家康の食事のお茶碗にご飯が何粒入っていたかとかの情報は、よほどの事情がなければ(たとえばめちゃめちゃ健康に気を遣っていて食べる量を厳格に管理している姿が家康の緻密な性格を表現し、その緻密さこそが天下人の資質だったのだ、とか伝えたいのでない限り)書かれることはないわけですね。スルーが妥当です。

 ところがこの最終地点が曖昧なままですと、なんだかどんなことでも書いておく必要があるような気持ちになりかねない。冗長な場面や描写が増え、登場人物たちの人物像やストーリーがぼやけて行き……と、辛い迷走が始まってしまうのではないかと思うのです。そうしてRINOさんのお悩みにあるように、文字数がどんどん増えてします。

 よく「長編を書くのは大変だけど、短編なら楽に書けそう」と勘違いしてしまう方がいるのですが、そんなことはまったくないのです。むしろ短編は、長編以上のストイックさで「何を切り取り、何をスルーするのか」を取捨選択することが必要になります。

 以前、あるベテラン作家から「自分たちが若手の頃は景気がよかったから、旅行誌や広報誌などから短い原稿の依頼がたくさんあった。それが文章のとてもよい鍛錬になったけど、最近は出版社が効率第一で書籍化しやすい長めの作品ばかりを求めるからダメなんだ」というようなご意見を頂いたことがあるのですが、そう、確かに短編は“文字数がなんとなくいい感じに増えた”では書けないのです。

(12月13日公開の後編に続きます)

まだまだ皆様からの質問を受付しております!質問の投稿は「#ヨムエブ」でツイート!

スケジュール&賞典

募集期間 2017年9月15日(金) 17:00:00 ~ 2017年11月30日(木) 23:59:59 結果発表 2018年3月16日(金)

●大賞(1作品)
・編集長講評
・yom yom本誌全文掲載
・別冊号掲載
・賞金3万円
●優秀賞(数作品)
・編集長講評
・yom yom本誌抄録掲載
・別冊号掲載
・賞金1万円
●入選(数作品)
・編集長講評
・yom yom本誌あらすじ掲載
・別冊号掲載

募集内容

「yom yom短編小説コンテスト」は、創刊10周年を迎えた新潮社の文芸誌「yom yom」に作品が掲載され、編集長から作品講評がもらえるコンテストです。入賞作品(大賞~入選)は講評と共に、2018年4月号(3月16日配信)のyom yom本誌で紹介されます。また、受賞作品と講評が載る別冊号も刊行され、エブリスタが主催/出展するイベントにて販売します。

さらに、コンテスト募集期間中、「編集長一問一答!」を同時開催!作家のみなさんの創作活動に関する質問に、yom yom西村博一編集長がお答えします。質問投稿はTwitterのつぶやきに「#ヨムエブ」のハッシュタグを入れて呟くだけ!回答は毎週木曜日、イベントページ内に更新されます。

※編集長が回答する質問はエブリスタ編集部で集約・編集します。すべての質問に回答できるわけではないことを予めご了承ください。

【yom yom西村編集長のひとこと】言葉は不思議です。 一人で言葉を獲得する人はいないので、それは明らかに自分の外からやってくるもの。 でも私たちは言葉を使い、自分の内側の様々な感情を表現します。 なので言葉の集合体たる物語は、私たちの外(=世界)と私たちの間に生まれた謎の生命であるわけです。 皆さんの世界と皆さんのDNAがミックスされた未知の生命体に出会えるのは、本当に楽しみです。

yomyom編集長 西村博一 インタビュー

応募要項

1)5000字~20000字の短編小説作品 2)完結必須 3)ジャンルは自由です

※お一人様、何作品でも応募頂くことが可能です。

※非公開作品は審査対象外となります。

※新作推奨ですが、過去作・他の賞で落選した作品を上記の形に再構成して応募戴くのも歓迎です。

※エブリスタ内の公式イベントや、他サイト等の文学賞で過去に受賞した作品は選考対象外とします。

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