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プロローグ



その日、私は家庭裁判所にいた。





長引く夫との離婚問題は、なかなか決着がつかず、私は離婚調停を申し立てた。



でも、それさえも、夫は出席しなかった。



「私は離婚するつもりはありません」という一文だけを、家庭裁判所に郵送したのだそうだ。



調停は、相手が出席しなければ終了してしまう。



しかし、ただ一つだけ進展できることがある。




それは…




離婚裁判に進めるということだ。





そう、その日は、本人尋問のための出廷日だった。



2年ぶりに見る夫は、やつれたようだった。


でも、なんの感情もわかない。





家庭裁判所の同じ部屋にいて、同じ空気を吸っていることが、私にとっては苦痛だった。






この、先の見えない長いトンネルの中を、私はただ、ひたすらに走り続けてきた。





走っても走っても、出口がまったく見えなかった。


2

不幸中の幸い


私の弁護士が、手元の紙をちらちら見ながら言った。


「あなたは、陽子さんに淋病をうつしたというのは本当ですか?」


少しの間隔をあけて、うつむき加減に夫が答えた。


「…はい、本当です。」

「その原因は、なんだか明確になっているのですか?」


鋭い目つきで弁護士が夫を見ていた。

「…妻以外の女性と…」


ため息をつきながら、夫はそこで話すのをやめた。


「妻以外の女性と、なんですか?」

弁護士の声が大きく聞こえた。


夫は黙ったままだった。


「はっきり答えて下さい。妻以外の女性と、なんですか?」

「…妻以外の女性と…体の関係を持ったからです。」


ずっと夫が認めなかった浮気は、夫の携帯電話に残されたメールによって、証明された。


夫は、私に淋病をうつした。


私は浮気をしていないと完全に言いきれたので、私が夫を問い詰めた。


それで発覚した浮気。


淋病にかかった男性は、性器の先から膿が出るが、痛くはないようだ。


それに比べて女性は、もう最悪な状態になる。



私は39℃の熱が出て、子宮がつかまれたように痛くて、病院へ行った。

病院でもらった薬は、医者の説明通り、副作用があった。
動機が激しくなり、息苦しくなる。

当時、1歳と5歳の子供を持つ身としては、あまりにもつらかった。


子供達の面倒を見ながら、薬の副作用と戦う。

動機が激しく立っていられなくなり、しゃがみこむと、5歳の娘が私の頭をなでてくれた。

「お母さん、大丈夫?」
娘の言葉に、涙が止まらなかった。


仕事から家に帰ってきた夫は、淋病の症状と薬の副作用で寝込む私に、
「よく寝るな~。俺なんか、38度の熱があっても働いたぞ。」
と、半笑いで言った。


夫の父親は、
「まぁ、梅毒じゃなくてよかったんだよ。」
と、笑いながら言った。


許せなかった。


本人尋問の最中に、そんなことがフラッシュバックされた。


思い出したくないのに、私の頭に焼きついてしまった出来事。



今度は、夫の弁護士が私に聞いた。


「あなたは、子供達を父親のいない子にしてしまっていいのですか?」


私は、夫の弁護士の目をまっすぐ見て言った。



4

「将来、年をとって、私の具合が悪くなった時に、面倒を見てくれるとは思えません。ケンカばかりで、思いやりのない言動が多く、それを目の当たりに育つことを考えたら、子供達と私と3人で生きていく方が、幸せだと思います。」


「そうですか。以上で本人尋問を終わります。」


夫の弁護士は言った。



その時だった。


大きな地鳴りが聞こえたかと思うと、床が円を描くように強く揺れた。



一番高い場所に座っていた裁判官が、
「みなさん、机の下に入って下さい!」
と叫んだ。


机の脚を持って机を支えているのに、机が動いてしまうくらいの激しい揺れが続いた。


夫が私に駆け寄ってきた。


「陽子ちゃん、大丈夫だから。」


夫が言い終わらないうちに、裁判官が叫んだ。


「今は動かないで下さい!!」


久しぶりに夫が私の半径1m以内にいた。


夫の近さと、建物の揺れに、震えが止まらなかった。


「真夏・・・美波・・・」


小学生の娘・真夏は、ちょうど学校からの下校時間に当たっていた。

(倒れた塀の下敷きにならないでよ。)

涙が止まらなかった。

祈るような気持ちだった。


保育園に行っている美波は、先生と一緒だから大丈夫だろうと思えた。

どのくらい続いたかわからない激しい揺れが静かになった時、私の弁護士が携帯電話のニュースを見た。


「岩手と宮城で震度7だそうです。」

「え~!!」

その場にいた全員が驚いていた。




その激しい揺れは、2011年3月11日に起こった、東日本大震災だった。

5


裁判官が言った。


「この続きは、またにしましょう。
 今日はみなさん帰った方がいいと思います。」


今日で終わらせたかったのに。

いい加減、終わらせたかったのに。



弁護士に守られるように、私は家庭裁判所を後にした。


夫はもしかしたら、弁護士と私の関係を疑うんじゃないか。

そう思ったら、夫の視線が怖かった。



普段から私は、「男と絶対に喋るな」と言われていた。

あやしいことなんかなにもないし、だいたい男性とまったく喋らないで、生きていけるわけがない。

そう言い返しても、夫は私を睨みつけ、問い詰めてくる。


「俺は陽子ちゃんのこと信じていたのに!」
と、駅で肩をつかまれ、壁に体を押しつけられたこともあった。

会社の企画で、私が、20代の会社男性経営者を1年取材し続けるという話が決まった時だった。

「信じていたのに」と言われても、私はなにも悪いことはしていない。

ただ、会社の指示に従っただけ。


それなのに夫は、
「どうして断わらなかったんだよ!!」
と、私に怒鳴りまくった。

そんな人たちとも、「喋るな」と、夫は言っていた。



仕事はしてもいいと、夫に言われていた。



私は、雑誌編集の仕事をしている。

若い時からずっとやっていて、結婚、出産を経て、復帰した。

仕事柄、「男と喋るな」と言う方がムリだ。


会社には、私以外、女性は2人。

男性は52人いた。


「男と喋るな」という夫の言葉に従っていたわけじゃない。


でも? だから?

あなたは浮気していたのですね。



弁護士と駅に向かっている最中に、道路が大きく揺れた。


私も弁護士も、周りにいた人たちも、
思わず座りこむくらいの激しい揺れだった。


遠くで、ガラスの割れる音がした。

「どこかで、窓でも割れたんですかね。」

弁護士が私に言った。


駅前の大きな公園には、たくさんの人が集まって、携帯電話を覗き込んでいた。


電車はすべて「点検のため、運転を見合わせています」ということで、動いていなかった。



この場所から、私の家まではかなり距離がある。

電車を乗り継いで、1時間ちょうどくらいかかる。


でも、復旧の見込みのなさそうな電車を待っているなんて、本当にあてにならないことだと思った。


また地面が激しく揺れた。

公園の外灯があんなにグラグラと揺れるのを見たのは、生まれて初めてだった。

6

保育園に行っている次女の美波は、私のお迎えがないと帰宅できないから、保育園が絶対に面倒を見てくれているはず。


でも、いくら家のカギを持っているからと言っても、長女の真夏を1人で家にいさせるのは、怖い気がした。


家では家具が倒れているかもしれないし、床になにかが散らばっているかもしれないし。


また大きな揺れが起こったら、きっと1人でパニックになるだろう。


真夏の通っている学校へ、携帯電話から電話をしてみた。


『通話できません』の文字が表示されるだけで、なんにも音がしなかった。


もう1度、試してみた。


結果はわかっていたが、
やはり『通話できません』の文字が表示されるのみだった。


隣の家のママ友達に電話をかけてみたが、やはり同じことだった。

なんで、こんな日に限って・・・

悔んでいてもしかたないとすぐに思い直して、私は弁護士に頼みごとをした。


「事務所に地図ってありますか?」

「ありますよ。」

「見せて下さい。帰る道を調べたいんです。」

「歩くんですか?」

「はい。」

私は躊躇なく答えた。



弁護士の事務所は、その駅から歩いて5分くらいの場所にあった。


「コンビニに寄ったら、すぐに行きます。」


私はコンビニに入り、ペットボトルの水とお茶、おにぎり、チョコレートを買って、弁護士事務所に向かった。


意外と冷静だった。


電車が動かないということは、歩く人はかなり多いはず。

ということは、コンビニの食べ物が売り切れてしまう可能性が高いと思った。


チョコレートを選んだのは、山での遭難事故の時、チョコレートを食べて生き延びた人がいると聞いたことが何回もあったからだ。


別に山登りをするわけではないけれど、家まで電車で1時間の距離を歩こうとしているので、きっと相当きついに違いないと思ったからだった。


弁護士事務所で、分厚い道路地図を借りて、持っていたノートに道順を書きこんだ。



コンビニがある交差点を右折、

200m先のガソリンスタンドを左折、

1500m先のスポーツクラブを右折すると、

国道に出るから、そこからは線路沿い。

7

万が一、電車が動いた時に乗れるように、線路沿いの道を歩くルートに決めた。

11駅過ぎて、牛丼屋がある信号を左折すると県道。

そこまで行けば、あとはいつも車で通る道だから、調べなくても帰宅方法は分かった。


ただ、この弁護士事務所から、その11駅目までは、19kmもあった。

そして、その場所から家までは、直線で14km。


33kmも歩くなんて、考えられない・・・

でも帰る方法は、歩くしかなかった。


私は、夕方4時ちょうど、地図を見せてもらったお礼を言って、弁護士事務所を後にした。

歩道の幅は広い場所なのに、たくさんの人で歩道は埋まっていて、まるで、バーゲンセールの開店前の列に並んでいるかのようだった。


流れてはいたが、人が多すぎて歩きづらかった。

ところどころにあるコンビニのレジとトイレには、長蛇の列ができていた。


そんな時、携帯電話のメール着信音が鳴った。

えっ? メールはできるの?

すぐに見た携帯電話には、1か月前に仕事で知り合った和人からのメールが入っていた。


『地震、大丈夫だった?』


そのメールの発信時間は、15:27だった。

腕時計を見ると、時刻は16:10。

メールは約40分遅れで着いたことになる。


『あんまり大丈夫じゃなくて。今日、家庭裁判所に行っていたのよ。電車止まっちゃったから、歩いて帰っているの。』

私が送ったメールも、おそらく40分遅れくらいで届くのだろう。


私はすぐに、隣の市に住む母にメールを送った。

『家庭裁判所から歩いて帰っているから、何時に家に着けるかわからないの。悪いけど、子供達を頼んでいいかな?』

隣の市といっても、4kmくらいしか離れていない場所で、車で移動できるから、特に心配はないとみていた。


私は、ひたすら歩いていた。


いつもは電車で来ている家庭裁判所。


でも道路を歩くことになるなんて。


繁華街はあっと言う間に過ぎて、辺りはだんだん薄暗くなってきていた。

陽が沈みかけ、外灯と店が少なくなったからだ。


みんな同じ方向に歩いていく。

道路は大渋滞で、タクシーも全く進めない。

バス停には長蛇の列ができているが、バスも全く進めない。

その上、バスは通勤ラッシュ以上のぎゅうぎゅう詰めだった。


歩いた方が明らかに速く進めた。

8

ファミリーレストランには誰も客がいなかった。

不思議に思い、近づくと、
『ガスが止まっているため、臨時休業します』
という貼り紙があった。



携帯電話のメール着信音が鳴った。


『歩いて帰るの? 大変だから、迎えに行くよ。』


和人からのメールだった。

さっきメールを返信してから、25分が経っていた。

少しはマシになってきているのかな?と思いながら、返信をした。


『悪いよ、遠いから。それに大渋滞でしょ。』


迎えに行くよ、なんて驚きすぎてしまった。

また25分くらい経ってから、メールが来た。


『もう向かっているから。どこ歩いているか教えて。』


「えっ?」

思わず声が出た。

迎えに来てくれるなんて。


『ごめんね。どうもありがとう。線路沿いの道を歩いているの。途中で県道に入る予定よ。』

『わかった。こっちはすごい渋滞だから、何時に着けるかわかんないけど、近づけたらメールするよ。』

『ありがとう。どんどん進むからね。』


25分おきくらいのメールのやりとりをしながら、私はひたすらに歩いていた。


途中、自転車販売店の前を通った。

自転車を買っている男性が2人見えた。


和人が迎えに来ると言わなければ、きっと自転車を買って、家までこいで帰ったに違いない。


ずっと歩いているのに、私の体は温まることはなかった。


歩く距離が長くなるほど、歩いている人の数が減っていった。

外灯は、まばらになり、コンビニもなかなか姿を現さない。

車を運転していると、かなりコンビニを見つけられるのに、歩くと、こんなにも間隔があることを知った。


『真夏と美波と家にいるからね。みんな無事だから、こっちは心配しないで。歩くのは大変だから、どこかビジネスホテルにでも泊まったら? ムリすると、体を悪くするよ。』

母からメールが届いた。

これで、子供たちのことは、もう大丈夫。


なんだか少し気が抜けて、やっと見つけたコンビニの駐車場の輪留めにを下ろした。


長い距離を歩き続けて、いきなり止まったせいか、足の感覚が、少しおかしかった。


ガムを買うためにコンビニに入ると、残っている食べ物は袋菓子くらいだった。


おにぎり、サンドイッチ、パン、惣菜、お茶、水、スポーツドリンクのペットボトルは、なにひとつなかった。

9


私は、歩き出す前に買っておいた、おにぎりを食べた。

おなかがすいているような感覚は、あまりなかったが、体力をかなり消耗していることは自覚できたので、なにかを摂取しなくては、という気持ちで食べた。


再び歩き出すと、和人からのメールが届いた。


『インター降りたよ。陽子さんのいる場所から、一番近い駅わかるかな?』


メールの発信時間を見ると、10分前だった。


一番近い駅名をメールに書いて送ると、
『車がとめられるような場所で待っていてくれる?』
と、和人からメールが来た。


私はコンビニを探しながら進んだ。


和人のメールを受け取ってから1km以上は歩いたと思われる場所で、私はやっとコンビニにたどりつけた。


『駅前の交差点から、だいたい50mくらいの場所のコンビニにいるから。』


そうメールを送って、私はコンビニのトイレの列に並んだ。

10分くらい並んで、やっとトイレを済ませ、コンビニの外に出ると、私はコンビニの壁に寄りかかった。


寒さで、手がぶるぶると震えた。


ブーン、ブーン、ブーンと、聞きなれない音に、私も周りの人も、キョロキョロ辺りを見渡した。


次の瞬間、地面が大きく揺れた。
コンビニ周辺にいた人達は、騒然としていた。


地震は、おそらく震度5くらいだろうと思えた。


携帯電話の画面には、『緊急地震情報』の文字があった。



私は、和人が乗っている車を知らなかった。


コンビニの駐車場に入ってくる車を見て、和人を待ち続けた。



15分ほど待つと、がっちりとした体の大きい男性が、私に向かって歩いてきた。

175cmで、プロレスラーのような体型、あごにヒゲを少しはやした和人。


「お待たせ。」

「どうもありがとう、来てくれて。」


小さくうなずきながら、和人は少し微笑んだ。


和人の車は白だった。
この日、初めて知った。


私は助手席に座らせてもらい、車は出発した。

「ごめんね、寒いの。暖房つけてもらていいかな?」

和人は、かすかにうなずくと、暖房を入れた。

道路はまだ渋滞していたが、流れていたので、少しずつだが進むことはできた。


和人と私が会えたのは、地震発生から約7時間半たった、22:10だった。


私は、途中の休憩時間を抜かしても、約5時間半は歩いたことになる。

後から地図を見て知ったことだけれど、私は16kmも歩いていた。



この日、私が履いていた靴は、7cmのハイヒールだった。

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