新PCレイアウトにする

小説コミック投稿コミュニティ エブリスタ

  • ただ今の総作品数
    2,426,268作品

プロローグ






洋ちゃんが10歳のとき私が生まれた。





同じマンションのお隣に住んでいるお兄ちゃん。


私が505号室で洋ちゃんが506号室


私の兄、高兄ちゃんと同級生で一番の親友。


洋ちゃんのとこは共働きだから、
親の帰りが遅い時とかよくうちでご飯を食べてた。


あなた洋ちゃんにべったりで
トイレまで一緒に行くって困らせたわ。


って母が話す度
そんなこと覚えてないって母には言うけど、


実は覚えてる。


隣のお兄ちゃんは、
私の持っているどんなお人形さんよりも綺麗で、
高兄ちゃんより何倍も優しくて
洋ちゃんのお膝は私のものだと思っていたこと



そして、「雫ちゃん」って呼ぶ声が大好きだったこと



呼ばれるだけで
ただの雫がキラキラの雫に
キラキラな雫になれた気がした。


そんなこと誰にも言えないけど


2



洋ちゃんが19歳、
私が9歳




明美さんが現れた。




正確にいうと、洋ちゃんと高兄ちゃんの間に明美さんが加わった。

3人の出会いは大学のサークル。
映画鑑賞をメインとするサークル?
正直、そんなんでサークルが成立するかよくわからないけどそこらしい。


明美さんは綺麗で賢そうでスタイルも抜群で
性格だって良さそう。

子供の私から見ても
彼女が選ばれた人だってわかる。



でも、私は、明美さんが嫌いだった。



別に意地悪されるわけでもないし、何か言われるわけでもない
っていうか一度だけ挨拶しただけだけど





あれは私が9歳の時、
塾から帰っている途中だった。
ちょうど、マンション近くのコンビニから
出てきている3人と偶然に出くわしたことがあって。

その時初めて話したんだ。
明美さんと。


「あなた、雫ちゃんね。洋と高之からうわさは聞いてるわ。本当、かわいい。お人形さんみたいね」


そういってにこりと笑う明美さんは、
自分の方がお人形さんみたいで、
胸のどこかがチリリとした。


それよりも、
洋って呼び捨てにしていることが嫌だった



洋ちゃんをとられたような気がした。
ずっと、明美さんのいるポジションは私の場所だったのに
当たり前のようにそこにいる。
それも自然に


4人で歩いていても
3対1で歩いているような
私の居場所がないような

--居心地が悪い。


私は、軽くお辞儀をして高兄ちゃんの傍に行った。

洋ちゃんの隣に明美さんがいて
傍には行きたくなかった。


私の中で意味のわからない黒いものがズンって降りてきて
でもその黒いものを隠したくて平気な振りをしたかった。



3人は、今から洋ちゃんの家でご飯を食べながら映画鑑賞をするんだって。



さっきから胸の中が痛くて
多分、気のせいじゃない
洋ちゃんが持っているコンビニの袋がかさかさするたびに


その痛みが襲ってきたから

3



エレベーターに乗る時に、
洋ちゃんが私の肩に触れて中に促した。





「雫ちゃん、早く乗らないと閉まっちゃうよ。」





ずっと明美さんの近くにいた洋ちゃんが、
私の近くに寄ってきてくれた、
優越感みたいな感情がわいてきて




多分、それが顔に出ていたんだと思う。





その様子を見ていた明美さんが
小さくクスリと笑ったような気がした。


その瞬間ものすごく恥ずかしくなり、
自分がものすごく子供のように感じた




 
---早くお家にかえりたい



エレベーターが5階につくと真っ先に下りて

「先に行く」

っていいのこして走ってた




ドアノブを持ったとき、
高兄ちゃんが少し大きい声を出し呼び止める。



「雫、今日の夕飯いらないからって母さんに伝えといて、洋のところにいるから」






今からこの3人は、洋ちゃんの家で過ごすんだ。





一緒にご飯を食べて
DVDを見る






--イライラする






もやもやしたものを悟られないように


「わかった」

っとだけ吐き出した。



家の中に入ると逃げるように自分の部屋に入った。
















バックを机に置いたときだった。
壁の向こうから明美さんの声が聞こえる。








『よ-う?聞こえてる?これどこに置くの?』








私の隣の部屋は洋ちゃんの部屋。

少しでも大きな声を出すと声が聞こえる。










壁が薄いから・・・。


4



それに気づいたのは、洋ちゃんが16歳。私が6歳の時だった。



洋ちゃんはそんなに大きな声で生活することがないから気づかなかった。
私も6歳になって一人部屋になったばかりだったし


理由はわからないが、
洋ちゃんが何か悪いことをしたんだと思う。
いつもは穏やかな洋ちゃんのお母さんが、
叱り付ける声が聞こえてきた。


心配でトントンって壁を叩くと
大丈夫だよって合図するようにトントンって壁から音がした。


それが始まり。





洋ちゃんが、家に遊びに来たとき、
隣に行ってこっそっと耳打ちした


「壁のトントン洋ちゃん?」


すると私の瞳を覗き込むと人差し指を自分の口元にあてて

「シー」

と合図した。





その日から、壁の合図は二人の秘密になった。





トントンと壁を叩くとトントンと叩き返す。

たったこれだけのことなのに私にとっては大切なこと



















------------------




私は、ベットにうつぶせに横たわるとクッションで耳をふさいだ。

あっち側とこっち側が、大人と子供の境界線のように感じる。


ああ、どうしよう。

私は、明美さんが嫌いだ。
どうしようもなく嫌いだ。


土足で私の一番大切な部分に入ってくる。



5




身勝手だと承知しているけど止められない。
自分はなんって嫌な子なんだろう。



私は、耳をふさいでるクッションをつかむと思いっきり壁にぶつける。
クッションは柔らかすぎて音もなく落ちて
この処理しきれない感情を吐き出すには役不足だ。




その日、日付が変わっても、時々、笑い声が聞こえていた。




私は気になって眠れない。

結局、高兄ちゃんは朝方帰ってきて

それでも明美さんも一緒だったかは聞けなかった。




高兄ちゃんが帰ってきてから、

静かに壁をノックしたが返事はなく

静まり返った私の部屋に

沈黙する壁際が切なかった。


6




洋ちゃんが22歳

私が12歳のときだった。


学校は、夏休み


私は、小さいころから伸ばし続けている髪を、いつも二つに分けて高い位置で結んでいる。

だけどその日は、母が昨日買ってくれたブルーの水玉リボンをつけたくて、珍しく髪を下ろしてた。

本が大好きだった私は、その日も図書館に行った。リボンが嬉しくて図書館に行くのがいつもの数倍楽しかった。




同じ姿勢で腰もつらくなってきて、

もうそろそろ帰ろうと思って席を立ったのは、4時ごろだったと思う。

すぐさま貸し出し処理をして図書館をでた。

読みかけの本を早く帰ってから読みたくて、そわそわしながら帰っていた。


マンションまで来て、エレベーターの前でボタンを押した時、

後ろから大好きな声が聞こえた


「雫ちゃん?今帰り?」


私は、嬉しさのあまり満面の笑顔で振り返った。

やっぱり洋ちゃんだ


「洋ちゃん、久し振りだね」


最近は、あまり家に遊びに来なくなってて


だから、本当に久し振りだった




「・・・。」


その時、洋ちゃんの瞳が揺れたので私の心が意味もなく緊張した。


しばらくの沈黙の後、洋ちゃんの瞳が熱ぽくなった。





そして洋ちゃんの右手が私の髪にそっと触れた。

私の心臓が騒ぎ出す。

触れられた髪の毛一本一本、

まるで意思があるみたいに、行き場のない思いがあふれ出した。



私の顔は、恥ずかしいぐらい赤くなる。



私の髪の毛の中に洋ちゃんの右手が差し込まれ、そっと紙を掴まれた。




「髪の毛結んでないんだね」




いつもの優しい洋ちゃんじゃなくて、はじめてみる男の人みたいだった。

クラスの男子とも違う。お父さんとも担任の田中先生とも違う。

高兄ちゃんなんてもちろん違う

接したことのない大人の男性


こんなに男の人にどきどきするのは初めてで、

私はどうすればいいのかわからずに、だだ全身からあふれ出す熱を感じていた。

私が熱いのか、洋ちゃんの手が熱いのかわからない

ドキドキがとまらなくて

体全体が締め付けられる。

何を言って返せばいいのかわからない

こんなとき、大人の女性だったら気の利いたことを返せるのに

私はなんて子供なんだろう

一瞬、明美さんの顔が浮かんだけど、無理やり頭の中で消し去った。

7



私が硬直していると、チンっとエレベーターが開き

びっくりして我に返る

そんな様子を見て洋ちゃんは、ふっと笑った。
その瞬間、なぜ笑われたのかわからなくて、
ただ、子供だって馬鹿にしているみたいで悔しくなって



涙がこぼれた。



洋ちゃんの瞳が大きく開いて、私の手を掴むとエレベーターの中に連れ込まれる。


一瞬でパニックになった。

洋ちゃんの大きくて熱い手。

何を考えているのかわからない洋ちゃん。


「どうしたの?怒っているの?」


それには答えずに私の前に立つ

手は、痛いぐらい強く握られたままだ

洋ちゃんの顔はこの位置からは見えなかった

何も言わない後ろ姿を見つめた


表情の見えない洋ちゃんが、どんな顔をしているかはわからない。

だけど、繋がっている大きな熱い手が震えているのはわかった

私は、それをどう受け止めていいのかわからずに手から伝わる熱を意識するしかなかった。



沈黙を壊したのは洋ちゃんだった。
それも残酷な言葉で


私の手を更にギュっと握った。

痛い。


「・・・今日、明美が遊びに来るから静かにしといてね。このマンション壁が薄いから。」



意味がわからない。

私は、もともと騒ぐほうではないし、今までだって、これからだって迷惑になるほど騒がないだろう

今日だってただ本を読んで過ごすだけだ。

なぜそんなことを私に言うのか、明美さんのことなんて一つも知りたくないのに、洋ちゃんの口から彼女の名前を簡単に言わないで欲しい。


私の中で、消しても消し去ることのできない嫌な自分が棲みつく。




どうしよう、どうしていいかわからない。

ドロドロドロドロ

嫌な子になっていく



「洋ちゃん、・・・・・手が痛い離して・・・。」



だけどそれに抵抗するみたいにいっそう強く握った。
私の手も心も鷲づかみにしながら。





--チン。


エレベーターが5階で止まる。


静かにドアが開くように、洋ちゃんも繋いだ手を開いた。
そして私の顔を一度も見ずにエレベーターから下りた。




足が動かない。





エレベーターの戸が閉まる。





洋ちゃんに心を鷲づかみにされたまま






・・・エレベーターに閉じ込められた。


8



どうやって家に帰ったんだろう

あの後同じ階の太田さんのおばあちゃんが乗ってきて

びっくりして下りたんだ

その時には洋ちゃんの姿はなくて

私は、太田さんのおばあちゃんに挨拶もせずに走り去った


ドアを開けたお母さんに無理やり笑顔を作り、

お母さんにぐちゃぐちゃな気持ちを気づかれたくなくて

「ただいま。」

って言って、ちゃんと言えて

自分の部屋に行ったんだ。


ベットに横たわりながら、小さいころから大切にしているクマのぬいぐるみを抱きしめて、さっきあったことをぐるぐる頭で繰り返す


髪に触れたときの洋ちゃん
髪の中に手を入れたときの洋ちゃん
熱を持った洋ちゃんの瞳が揺れて
大きな熱い手で痛いぐらいに手を握られた


・・・洋ちゃん






ドロドロドロドロ

嫌な自分に捕らえられる

・・・アケミサン


遊びに来るからって、なに?

二人で遊ぶの?

洋ちゃんの部屋で・・・なに遊びって・・・


映画でも見るの?

・・・二人で・・・


ドロドロドロドロ
ドロドロドロドロ


誰か、助けて
嫌な子になっていく・・・








『いや、なに??よう・・やめて!!』

突然、隣の壁の方から聞こえてきた。
突然のことでびっくりした明美さんの声だとわかった。


・・・アケミサンガアソビニキタンダ


私の中に熱いものがこみ上げてくる

その続きは小さすぎて聞こえない。

でも、最初に聞こえてきた言葉は破壊的で

本の中にたまに出てくる官能的な場面が、フル作動していた


・・・ナニカノマチガイダヨ


頭に浮かぶ本の知識を心が否定する
そんなわけない
そんなわけない


だって、洋ちゃん


・・・ワタシガトナリニイルッテ、シッテイルヨネ




『・・・あっ、はぁ・・・あっ』

・・・どうして、コンナ声は響くんだろ

否定できないアノ声が聞こえてきた。


明美さんの声。
厭らしい。
厭らしい。

イヤラシイ・・・・キモチワルイ・・・


キモチワルイアケミサン・・・


・・・キモチワルイ・・・ヨウチャン



溢れ出す涙はクマのぬいぐるみを濡らす







--ここには居たくない。



私は、クマの縫いぐるみを置き去りにして

勢いよく部屋を出た。


9



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「洋、家出るって」



お風呂上りの高兄ちゃんは、冷蔵庫を開けながら話す


「・・・・」

私は、高兄ちゃんの言ってる意味がわからなかった。

高兄ちゃんは乾いたのどに麦茶を流し込みながら、そんな私を眺めていた。


「なに?大好きな洋ちゃんが居なくなるのがショックで言葉も出ない?」


沈黙する私に高兄ちゃんがからかうように話す。


私の脳裏に、2日前の出来事がよぎる。

洋ちゃんは明美さんのところに行くんだ

根拠はない。とっさにそう思ってしまった。

洋ちゃんの新しい新居に明美さんが居る姿を想像して

イライラして、頭に血が上った。


「大好きじゃない!」


自分の中のどこにこんな声があったのか驚くぐらい大きな声。

高兄ちゃんがびっくりして私をみた。

いたたまれなくなって、ソファから立ち上がり自分の部屋に逃げた

逃げたのはいいけど、ここにも居たくない


洋ちゃんの存在を隣に感じるから


でも行くところがない。

結局ここしかないんだ
ベットの中に潜り込むと、自分を抱きしめるように丸くなる。


洋ちゃんなんてどっかいっちゃえ
明美さんっとどっかいっちゃえ


もう私の洋ちゃんじゃない

それを認めたくなくて、でも認めざるおえなくて


より一層深くタオルケットをかぶると声を殺して泣いた

洋ちゃんに聞かれるのは絶対に嫌だったから




夏の終わりに洋ちゃんは隣からいなくなった

洋ちゃんの見送りにはいかなかった


洋ちゃんが隣の部屋を出て行くとき、トントンと壁を叩く音がした

むなしく響くその音が、さようならっといっていた


















どこから恋なのかわからない

これが恋なのかわからない

隣の優しい綺麗なお兄さんが特別だっただけかもしれない

でもこの気持ちが恋だと言うのなら




12歳の夏、私は生まれてはじめて失恋をした。


10