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36. ≪最終章≫Naked Heart

「お疲れさまでーす」

「あ。お疲れさまー」

仕事を終えて、顔見知りのスタッフと挨拶を交わしながら従業員専用通路を抜ける。

右手に提げたゴミ袋をダストボックスに放り投げて、踵を返した。


そのまま守衛の事務所の前を通過して通用口からショッピングモールの外に出た。


一歩外に出た途端、冷たい風が頬を刺激する。
巻きつけたマフラーを口元まで引き上げて顔を上げると、見慣れた黒のワンボックスカーがハザードランプを点滅させて停まっているのが見えた。


私は、その車に慌てて駆け寄ると、そのまま助手席のドアを開けてその車に乗り込んだ。


「…ごめん。待った?」

そう訊ねると、大輝が私を見て微笑んだ。

「いや。いま来たとこ」

「そっか。なら、よかった」


今夜は久しぶりに奥ちゃんと本郷に呼び出されている。
私たちが結婚しても、
その辺は結婚前となんら変わりない。

唯一の違いは、
私と大輝、それぞれの左手の薬指に光るプラチナのリング。

ただ、それだけ。

2

集合場所はいつもの駅前の居酒屋。
奥ちゃんと本郷が電車なのを考えると、ここが一番利便性がいいからだ。


カラカラカラ……


居酒屋の戸を開けて店の中に入ると、大輝が店内をキョロキョロと見渡した。

「あ、大輝。あそこ!」

私が先に奥ちゃんたちに気づき、その方向に指を指すと大輝がそれを見つけて奥へと歩き出した。


「お疲れー」

そう言って座敷に上がると、
奥ちゃんと本郷がそろって顔を上げた。

「おー、お疲れ。倉橋夫妻」

本郷がビールを片手にそう言うと、大輝が「るせー」と鼻に皺を寄せた。

コートを脱ぎハンガーに掛けると、

「あ。これも」

大輝が自分の脱いだダウンジャケットを私に手渡す。

「ん」

私はそれを同じようにハンガーにかけて席に着いた。


「なに飲む?ビールでいい?」

そう言った奥ちゃんの目の前で、私と大輝が顔を見合わせじゃんけんを始めた。

「「最初はグー!
じゃんけん……」」

一瞬の沈黙の後、「やったー!」と声を上げたのは私。

大輝は私を見つめ小さく溜息をついた。

「くそ……」





3

「つか、なにやってんだ?」

そう訊ねた本郷に、私が得意げに微笑んだ。

「んー?
今夜、大輝がドライバー」

そう言ってニカッと笑うと、
本郷と奥ちゃんが顔を見合わせて苦笑いをした。

「あはは。
そんなの、2人ともタクシーか代行で帰ればいい話じゃん」

「まー、そうなんだけどね?
あそこ、駅からだとけっこう遠いし、タクシーにしても代行にしても高いじゃん?」

そう言うと、本郷がブハッと吹き出した。

「うわー!
渋谷、主婦発言!!」

その言葉に私は小さく本郷を睨む。

「一応、主婦ですが、何か?」

「あ。そうだった」

こうして4人で集まると、
ついその事実を忘れられがちだ。




4

そうこうしているうちに、大輝が顔見知りの店員を捉まえ、ビールとウーロン茶を注文した。


「はーん。
さっそく倉橋が尻に敷かれてるってワケだ?」

そう本郷に言われて私と大輝が声を揃える。

「敷いてないしっ!」
「敷かれてねーし…」

そんな私たちを見て奥ちゃんと本郷がクスリと笑った。

「あんたたち、
ほんと息ピッタリ」


そう言われて、私たちはお互いに顔を見合わせて笑い合った。


結婚したからといって、
何かが劇的に変化するわけではない。
私たちは、結局こうして集まれば昔馴染みの友達に戻るのだから。


確かに住む場所が変わったり、「倉橋さん」と呼ばれるようになったり、
変わったこともたくさんあるのに、大輝との距離が昔からさほど変わらないせいだろうか?
たぶん、世間一般の多くのカップルよりその変化が小さいような気がする。


小さいころから親も顔なじみ。
嫁姑、的な厄介なコトとも縁がない。


かなり恵まれた環境。




5

「なんか、こうやってみると
昔となんも変わんねーのにな?

おまえら結婚してるとか、
嘘だろ?って思うわ」

そう言ってふぅとタバコの煙を吐き出した本郷に、

「確かにねー」

奥ちゃんがしみじみと相槌を打つ。

「だって、コレ。
こう見えてこいつ、人妻だぜ?」

本郷が私を見てクスリと笑った。

「ちょっと、こう見えてってどういう意味よ?」

私が本郷に噛みつくと、それを見た大輝が含み笑いをする。

「悪かったね。
人妻っぽくなくて!」

「渋谷、飯とか作れんの?」

本郷が私に訊ねた。
失礼な奴め。
バカにしすぎじゃない?

「そ、そりゃ…それなりに…」

答えようとしたその言葉を遮って、大輝が言った。

「けっこーうまいよ。こいつの飯」

「マジか?!
今度食いにいくわ」

「……いいけど。
本郷だけ特別メニュー作ってあげるわ。超激辛とかの、ねっ!」

「なんでだよ。
ふつーに食わせろや」

「ヤダよ。
バカにしたじゃん、あんた」

そう答えながら、大輝が『うまい』と言ってくれた言葉を思い出して無意識に頬が緩む。

「素朴な疑問だろー?
だって、これだけ一緒にいておまえが料理できるとか今まで聞いたことなかったし」

「うまくはないけどさ。
でも、ひととおりは…ね?」

これ、実は母親の特訓のおかげ。
もともと料理が嫌いなわけではないが、実家暮らしが長いとなかなか……というのが現状だ。
大輝との結婚が決まってから母親にかなり仕込まれたのだ。

6

しかも、それは私を想ってというより大輝のことを考えて。

“大ちゃん、ろくなもん食べさせてもらえなかったらかわいそーじゃない”

それが母の言い分。
娘の心配より娘婿の心配って。
昔から智と大輝をに分け隔てなく接してきた母にとって、大輝は実の息子と同じくらい大事な存在なのかもしれない。


「そーいえば。
本郷はどうなの?
最近、ユミちゃんとは?」

「まー、ぼちぼちだよ。
正月に帰省するついでに挨拶行く」

そうサラリと言った本郷に私と奥ちゃんが思い切り食いついた。

「いや、本郷マジで?!」

「いよいよ…ってことー?!」

そう私が大輝に訊ねると、大輝がうんうんと頷いた。

「…らしい」

口では喧嘩したり、悪態ついたりいじったり。
だけど、奥ちゃんも私も、もちろん大輝もそんな本郷が大好きだし、その幸せを願っている。

「まー、もうすぐ30だしな」

「…なんか、すごいね」

30という年齢は
ひとつの節目みたいなところがある。

20歳で成人を迎えるけれど、社会に出てそれなりのキャリアを積んで世間に“大人”と認められるのはだいたいこの頃だ。

私たちはいま、
そのラインにもっとも近づいている。




7

「そっか、30かぁ…」

奥ちゃんが呟いた。

このあたりで人は人生の大きな選択を迫られる。
仕事にしても、恋愛にしても。
それが将来に繋がって行くものなのかどうか、見極める時期に差し掛かる。


みんな、そうして
少しずつ変わって行く。


「奥平はどうなんだよ?
例の、渋谷んトコの上司とよく会ってんだろ?」

そう訊ねた本郷に、奥ちゃんがその顔を引き攣らせる。

「…その話、いいから」

「なんだよー。
おまえが男の誘いに乗るってよっぽどだろ?

俺が紹介してやった男、どんだけブッタ斬ったと思ってんだよ」

「……だって。
あんたの同僚、やたらチャラいんだもん」

「まー。
そこは否定しないけどな」

そう本郷が言うと奥ちゃんがプッと吹き出して、それにつられるように私と大輝も笑った。

「別に、おせっかいしようとか思ってんじゃねーよ。

おまえのこと応援してやりたいの。
ただ、そんだけだ」

そう言ってポンポンと奥ちゃんのお団子を叩いた本郷に、奥ちゃんが照れくさそうにその手を払いのける。

「頭、つぶれるじゃん」

「うっせーな。
いま、俺イイコト言ったんだけど?」

そう返した本郷に奥ちゃんがその背中をバシッ!!と叩いた。

「…わかってる」

そんな2人を見てなんだか嬉しさがこみ上げる。

私と奥ちゃんは同性の親友だけど、奥ちゃんと本郷は異性の親友。
私とは違うその2人だけの距離感があるのだ。


みんな幸せになってほしい。
いま、ここにいる4人が、
それぞれに思っていること。

8

「たまには気合い入れろよ?
おまえ、普段言いたいことズバズバ言うくせに、
こと恋愛に関しちゃてんでへタレだしさー」

そう言った本郷に、奥ちゃんがムスッとした顔で言い返す。

「うるさいわ…」

「欲しいものは、欲しいって言えよ?
じゃないと、手に入らないし、歳とれば出会いは減る一方だぞ?」

「つか。
そのお先真っ暗的発言やめてくれる?!」

「バーカ。
お先真っ暗にしないための助言だろー?」

なんだかんだ
奥ちゃんのことを一番心配しているのは本郷だ。

一時は、この二人がつきあっちゃえばいいのに…なんて思ってたこともあったけど、
この2人の信頼関係は
そういうのとは違うらしい。

「片山さん、
何か言ってないのかよ?」

大輝が私に訊ねた。

「たまに、会うんだろ?」

「会うけど……。
べつにプライベートな話とかしないし」

というか、
立ち入らないようにしているのだ。
片山さんとの過去を思うと、
私はそれを聞ける立場にいない。


9

「でも──。
時々奥ちゃんの話してくれる」

そう言うと、奥ちゃんが顔を赤らめて私を凝視した。

「な、なんて?!」

そのあからさまな反応に、本郷と大輝が顔を見合わせて笑う。

「ほら。
この反応……、なんだかんだ
いいと思ってんだろ?」

そう突っ込んだ本郷に、奥ちゃんが姿勢を正してそわそわと前髪を整えた。

私はそんな奥ちゃんをとてもカワイイと思う。
クールな奥ちゃんの照れ顔なんてけっこう貴重だ。

「べつに、詳しいことじゃないよ。
奥ちゃんと飲みに行ったよーとか、そういう簡単な報告くらい」

「…なんだ」

奥ちゃんが小さく溜息をついた。


この反応だけでわかる。
奥ちゃんが片山さんに特別な感情があるということ。

でも、あとのことは2人の問題。
私はやっぱり見守ることにしている。


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