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プロローグ

葛原さんの鍛えられた背中を、僕は力いっぱい抱き締めた。

岡野「気持ちいい」
葛原「そう思えるようになったなら、成功だな」
岡野「思えるよ。もっともっとくっつきたいって……」
(葛原さんに会う前は、こんな風に誰かと肌を交わしあえるなんて、思わなかった……。だって僕は)
葛原「あまり考え事するな。いや、俺が何も考えられなくしてやる」

葛原さんが、僕を激しく穿つ。

岡野「ん……わっ……」

揺さぶられても、しっかり葛原さんの逞しい腕にしがみついてるから恐くない。
恐いのは、もっともっとって欲しがる自分の欲望だ。

岡野(これ以上ないくらい密着してるのに……まだ、足りないよ……)

どうにかなりそうなくらいに鼓動が速まる。
いつしか葛原さんの言うように、本当に何も考えられなくなる。
熱い体温と鼓動を直に感じる幸せに、理性はあっけなく弾けて飛んでいったーー。

岡野「ここが、今日から僕が勤める株式会社ラクルなんだ。すごい高層ビル。しかもオフィスはここの最上階だったよね」

緊張で胸がばくばくしてくる。見あげるビルは、田舎から出てきた僕には雲にも届きそうに見えた。
首が痛くなりそうなほど反り返って見あげ、しばし動きが止まる。

岡野(こんな有名なところに就職できるなんて、思ってもみなかった……しっかり頑張らなきゃ)

いつまでも眺めているわけにもいかず、僕は覚悟を決めてエントランスへと向かったーー。

2

緊張しつつ、まずは社長室に入る。
最初に目に飛び込んできたのは、大きな窓の外に見える高層ビル。
そして自分の立っているところも、それに負けないくらい高い。

岡野(わー、空が近い……さすが、最上階のワンフロアを借りきってるオフィスだけのことはあるなぁ……)

目の前正面に、その高層ビルを背負うようにして、このオフィスの社長が立っていた。
最初、逆光で眩しさに目がくらむ。

喜多嶋「今日から、ここがお前の会社だ」

数歩、僕に近づいた喜多嶋社長は癖のない髪を揺らし、余裕のある笑みを浮かべていた。
ほのかなオードトワレの香りが鼻をくすぐる。

岡野「よろしくお願いします」

さっと頭をさげると、視界に喜多嶋社長のストレートチップな靴先が目に入った。

岡野(社長の靴、かなり高いよね。……いかにも、仕事ができそうな感じ……さすが、株式会社ラクルのトップだ)

ラクルの社長・喜多嶋彰さんは肌触りのよさそうなダブルのスーツを、さりげなく着こなしている。
足元はブランド物の靴で、上質なフォルムが質実剛健ならしさを出していた。
男らしい首元にはぱりっとアイロンの効いたえりが覗いていて、いやみがない。

喜多嶋「うちがARなどのアプリを作る開発部門と、イベントの総合プロデュースをする部門があるのは知ってるな」
岡野「はい」

起業して、あっという間に上場した新進気鋭の広告代理店。
最近ではイベントでも、プロジェクションマッピングに力を入れていて、何度もメディアに取りあげられている会社だ。

岡野(少数精鋭と聞いていたから、まさか入れるなんて……まだ夢みたいだ……)

3

オフィスを案内するという喜多嶋社長と社長室を出ると、すぐ僕と同世代くらいの男性社員が傍に来た。

葛原「社長、鷲見社長がお見えです」
喜多嶋「またか……アポもなしに……。あいつのことだから、雑談でもしに来たんだろう。葛原、後を頼んだぞ。新人君に社内を案内してやってくれ」

そう言って、喜多嶋社長は行ってしまった。

葛原「俺はデザイナーの葛原。お前、新人の岡野だろ?」
岡野「はい。よろしくお願いします」

ちらっと葛原さんを見る。
裾からわずかにのぞいた靴は、僕では選ばないようなハイカットの靴。

岡野(この人もスーツだ。でも、着崩しているように見えて、オシャレだよな。あのタイって、ラリネッラ?)

ラリネッラは通の間でもインパクトのある商品だって評判のブランドだ。

岡野(無造作に跳ねてるように見える髪型も、ちゃんとセットしてあるよね)

よく見れば、ちゃんとしたブランドスーツにセレクトショップからチョイスしたようなタイを合わせている。
自分のセンスを信じたファッションのよう……。
高いものもそうでないものも気にせず合わせている感じは、逆にお金に不自由してない印象を受けた。

4

葛原「鷲見社長っていうのは、わが社にとってはライバルである、株式会社リーラルのトップだよ」

僕が黙っていたから、それが気になると思ってか説明してくれる。

岡野「え!?リーラルって、この前ラビットランドの30周年記念イベントを取り仕切った会社ですよね」

そう言えば、細身のタイがよく合うイタリアンスーツ姿を何度もテレビで見かけた気がした。

葛原「気になるのか?深入りしない方がいい。あの人はバイセクシャルだからな」
岡野(バイって、男性でも女性でも好きになる人のことだよね)
「いえ……あの、気になるのは……」

そう言うと、さっと視線を葛原さんの足元へと落とす。

岡野「そういう靴、なんて言うんですか?」
葛原「チャッカブーツの事か?」
岡野(へえ、そう言うんだ。覚えておこうっと)
「……あの、葛原さんって、デザイナーさんですか?」
葛原「はあ?なんで?」

気さくなのか、なんなのか、いきなり口を尖らされた。

岡野(なにか、まずいこと言ったかな?)
「センスがいいし、色遣いが……きれいだなぁって……」

褒めると途端に葛原さんは、ぷいっと横を向く。

岡野(え?耳……赤くない?照れてる?)
葛原「そうだよ、デザイナー。お前、新人の岡野だろ?」
岡野「はい。よろしくお願いします」

5

視線をあげると、葛原さんが頭のてっぺんからつま先まで僕を観察し始める。

葛原「……お前……なんか小動物みたいだな?」
岡野「へ?」
葛原「あー、そうか」

すっと彼の手が僕の胸元へと差し入れられた。
びくっと体が硬直する。

岡野(うわあああああぁっっ!?)
葛原「1個半以上開いてるな。それで、よけい小さく見えるんだ」

驚いたけれど、こぶしにしているところを見ると、身幅をチェックしているらしい……。

岡野(なんで……?胸がざわざわするよ……)
葛原「それ、リクルートスーツのままだろ?しかも既製品だな。袖口が隙ありすぎで肩幅もあってない。ちゃんと採寸してもらった方がいい。仕事できないうちは、格好だけでもぴしっとしとけよ」
岡野「すみません。初めてで……」
葛原「ボーナスが出たら、仕立て直した方がいいんじゃないか?」
岡野「そ、そうします」

身を堅くしながら、僕は答えた。
すっとようやく手が離れていく。

岡野(わぁ……まだ……触られた感覚が残ってる……)

僕はばくばくする心臓の音を鎮めようと、ゆっくり深呼吸をした。
無防備な僕に大胆に触れてきた葛原さんに、かすかな怯えを感じる。

岡野(全身に立った鳥肌に気づかれてないといいけど……)

6