新PCレイアウトにする

小説コミック投稿コミュニティ エブリスタ

  • ただ今の総作品数
    2,376,448作品

若先生は時間少し前にアパートの前に車を付けた。

待ち合わせは16:00丁度。

あたしはメールを何回か読み直しして、自分の行動に間違いがないかチェックする。

自然とにやける口許を押さえつつ、頭の中で内容を噛み砕いた。

一泊二日で温泉に行く
16時に迎えに行くから用意して

無駄な文など1文字もない、簡潔化されたメールだけど、
趣旨を伝えるのにはシンプルが一番。

クリスマスを誰かと過ごしたり
約束をしたり、もうずっと無関係な事だったから、すっかり舞い上がってるあたし。

それを見てか見ずか、この上無いイラつきをみせる若先生。

「おい、乗んのか、乗んねぇのかどっちだ」

助手席側の窓が開いて飛んできた声に少しばつが悪いながらも車に乗り込んだ。


「折原先生とはどこで?」

車を走らせてすぐにあたしは口を開いた。

「いきなりだなぁ」

若先生もそう思うぐらい前触れも何も無くて。

「若先生、こないだ家で兄の写真見ましたよね?
あれは小芝居?」

だったら手の込んだ芝居じゃない?
知り合いだったら知ってるって言えばいいじゃない。

「折原先生とはオレが研修間もない頃に会ったんだ」

だから研修医、って言ったんだ。

この時の若先生はいつもより饒舌気味だった。

「あのヒトのオペに立ち合った時、今までの医者人生がひっくり返った」

話ながら、なんだかとても楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

「今まで見た事も、聞いた事も、習った事もないそんなオペだった」

あぁ、なんとなく分かるなぁ。
あたしもオペは血が騒ぐ。
器械出しの時なんかは、まさにそう。
アレ使うかな
こっちかな。
いや、こっちでしょ。

みたいな感じで、不謹慎かもだけどワクワクしたっけ。

つまんないオペをするドクターはどんなに腕が良くてもトキメかなかったなぁ。

あたしがオペ、という科目に興味を持ったのはまだ小学3年生の頃。
兄が持ち帰っていたオペのビデオをよく見ていた。
兄が家を出て、一人で暮らすようになってからもよく見てたっけ。
今から考えると、オタクか変態。だけどあの頃のあたしは暇さえあればオペを見る事に没頭していた。

この話を聞いて、お兄ちゃんのオペに器械出し出来たら、楽しいのかなぁ。
と、思っている自分がいる事に正直、ビックリした。

あたし、ナースやりたいのかなぁ。

そう考えていた間にも若先生の話は進んでいた。

2

「結局、たった一回見ただけだったけど。
アレ見てなかったらオレはここにはいないな」

大きなカルチャーショックを受けて、人が変わったように努力家になったという若先生を見てみたかった。
本人談だから、ホントかどうかは知らないけど。

でも、腕が凄いという噂もよく耳にするし、何よりパパ先生もそう言ってたし。
親バカ談?かもしれないからホントかどうかは知らないけど。

だけど、わざわざ若先生に執刀して貰いたいという患者さん達の為にまだ大学病院遠征もあるわけで、これからもそれは無くなる予定はなかった。

「そうですか。
あたしも若先生のオペに一回入ってみたかったです」

言った途端に、急ブレーキを掛けて停まった車。
べ、ベルト無かったら飛び出してましたよ!

「な、どうしたんですか!?」

後続車もクラクションを鳴らして通り過ぎてゆく。
あたし達の乗った車は静かに路肩に寄せられた。

キッというエンジンを切る音の後に若先生はこちらを向いた。

「蜜」
「は、はい」

いつになく真面目な表情の若先生。
これは大事な話かもしれない。
急ブレーキ踏むくらいだもん。

ブー、ブー、ブー

あたしの鞄から鳴り響く携帯のマナー音。

口を開きかけた若先生は、手で、どうぞ、と促した。
切れる事のないバイブレーション。

ディスプレイには数字の羅列。

「あ」

3