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第1章~失墜~

 沙々羅が気づけば、山田も伊藤も教室には居なかった。どうやら、授業が終わった途端に、どこかへ行ったらしい。

 バッグもないから、帰ったのかもしれない。


 今日は二人がメンバーとともに送り迎えする日のはずなのに。無理やり奪い取った野田が今か今かと出入口に姿を見せた。


「Ryu!!」

 野田は笑顔でRyuに駆け寄る。そしてドサクサに紛れて、腕を組んだ。


「あいつー!!」

 沙々羅は、離そうと走りだしたところで、スマホが揺れた。それでもどうせLINEだろうと無視して、「こら! Ryuから離れなさいよ!」と野田の腕を引っ張った。


「いったぁーい」

「うるさい! Ryuだって迷惑でしょ。好きでもない女にベタベタされたら」

 龍太は首をかしげた。

 沙々羅の言うとおり。だけれど、アイドルとしては、本当のことは言えない。


 龍太はニコッと例のスマイルで、「あんまり、沙々羅ちゃんに迷惑かけないでね。俺も、キミが怒られる所見たくないから」と優しく注意した。


 そう言われては、野田も手を離さざるをえない。

2

 沙々羅は、さすがRyuだと思った。――が、未だにバッグの中でスマホが揺れる。

「ったく、うるさいな。誰?」

 画面には山田から電話だと表示されていた。


「もしもし? どうしたの?」

「沙々羅ぁ? 今すぐ、校門のところ来てくれる?」

 人を見下したみたいな山田の言い方に、沙々羅はイラッとした。
 
「アンタね! 自分の順番も守れないくせに、何処に居るのよ!」

「順番?」ハッと声を出して笑う。

「いいから、すぐ来て。あ、Ryuも一緒に」


 沙々羅は龍太を怪訝そうに見る。
 
 Ryuにもうちにも用事があるっていう言いっぷり。何か嫌な予感がした。


「わかった。すぐ行くから」


 電話を切ると、龍太はどんな内容だったのか気になり、沙々羅を見つめた。


「山田が、校門のところに来てって……Ryuも一緒に」

「そう。わかった」


 校門の外で、伊藤、山田、大田、高橋、橋本が勢揃いしていた。皆いかにも仲良さそうに、お揃いのシュシュを髪に付ている。


 

3

 彼女たちの後ろ、ガードレールに座る、全身真っ黒の女がいた。杉崎明菜(すぎさき あきな)だ。

 長い髪も黒く、上着も黒。黒い厚ぼったいタイツを履き、黒いぺったんこのパンプスを履いている。黒い革のバッグからは、黒い折り畳み傘の柄が少しだけ飛び出ていた。

 まるで魔術師のような異様な雰囲気に、山田たちもゴクリと息を呑む。追っかけをしていた時と同じ、威圧感に、声がどもる。

「す、すぐ来るそうです」

「あっそ」

 明菜はそっけなく答える。


 会社を早退してまでやって来てよかったと思う。
 かつてのこの雰囲気、なにも変わっていない。

 どうしてもっと早く来なかったのか、悔やまれるぐらいだ。


 そして、何よりRyuに会える――。


 明菜は目ざとく彼の姿を発見し、立ち上がった。


「Ryu!」と甘い鼻にかかった声で龍太を呼んだ。


 聞き慣れた声に、龍太は背筋が寒くなる。校門の外に、黒くて太った女の姿――忘れるわけもない。

 熱心なファンだった。


「明菜さん!」と驚いた声を出したが、すぐに表情を戻し「お久しぶりです」とRyuとしての対応をした。

 

4

 染み付いた態度はなかなか取り除くことはできない。それは龍太も、明菜もだ。


「どうしたんですか? こんなところに来て」

「あなたが心配で来たのよ。大丈夫? 元気にしていた?」

 まるで親戚のおばさんのような口ぶりだ。

「ええ、みんなよくしてくれているので。学校にも慣れました」

 と、龍太は当たり障りないことを言った。しかし明菜はその言葉よりも、隣に張り付くように立っていた野田が気になり、きつい視線を送る。


「アナタ、どうしてそこに居るの?」

 明らかに見える敵意を向けられ、野田は萎縮する。

「あ、アタシは、矢野さんとの約束で。今日から一週間送り迎えを――」

 言い終わらないうちに、「あっそ」と明菜は切り捨てた。


「それは昨日までね。ごめんなさいね、不肖のトップが変な約束させて」

「え……えっと」

 
 明菜はにっこりと怒りを隠した笑いをして、野田の腕を掴んだ。
 そして、龍太を見上げる。

「ごめんなさいね、Ryu。もう二度とこういうことはさせないから。アナタの自由を奪ってしまって、本当にごめんなさい」

5

 明菜は野田の腕を思いっ切り引っ張る。

「ちょっと、おばさん、痛い!」

「うるさい! アンタはさっさと帰りなさい。Ryuの隣にいられるわけないでしょ? 自分の立場を考えなさい!」


 野田は、明菜の勢いに圧倒されて、今にも泣き出しそうになる。

 誰も野田をかばう人はいなかった。龍太までもが、ツンとしていて、野田を気遣う様子はない。


「Ryu」と、野田は小さく声を出した。

「ごめん。そういうことだから、一人で帰ってくれる?」

 野田は唇を噛んで、手首につけていた黄色いシュシュを道路に投げ捨てた。
 

「なによ! 矢野さん! 約束守りなさいよ!! 合コン変わってあげたでしょ?」

「だから、うちは、送り迎えさせたでしょ? でも、もう、うちにそういう権限は無いみたい」


 明菜の後ろに控えていた山田たちは、髪の毛から赤いシュシュを取った。


「ごめんね、沙々羅。今からアタシがトップだから」

 そして、山田が地面にシュシュを投げ捨てた。

 同じように、伊藤たちも皆捨てる。会員証として、沙々羅が一つ一つ手作りしたシュシュを。

6

 明菜は気にもとめずに、シュシュを踏みつけ、山田にちかづくと、肩に手を置く。

「沙々羅、アンタじゃ頼りないのよ。でも、山田さんなら、任せられそうだわ」

 沙々羅は何も言えずに、明菜の靴に敷かれたシュシュを見つめていた。


「Ryu、本当にごめんなさい。ワタシがしっかりにらみを利かせなかったせいで、迷惑掛けたでしょ?」

「別に、大丈夫です」


「そうかしら?」

 明菜はメガネの奥の細い目を更に細めた。

 龍太は嫌な予感しかなしなかった。



7

第2章~別れを告げる~

 誰もいなくなった。沙々羅はしゃがみ、地面に落ちて砂にまみれた赤いシュシュを拾い集める。


 こんなものを作って、いい気になって、惨めなものだ。

 先ほどまでの自分が裸の王様のように思えてくる。


「結局うちは、何もできない……」


「だから言ったでしょ? 恐怖政治はよくないよーんって」

 急に声を掛けられ、沙々羅は後ろを向いた。


「御厨」

 憐れむわけでもなく、御厨は沙々羅を見つめていた。
 そして、隣にしゃがみこみ、一つ、また一つとシュシュを拾い集める。

 手に取ると、じっくりと観察し 
「上手く出来ているのに、もったいないよねぇ」
 と呟いた。



「……うちじゃ、やっぱりダメだった。うちがトップなんてなれるわけなかったんだよね。何か一つ繋がりがあればって思って、こんなの作っても、意味なかった」


「そうかな? これもらった子たち、皆喜んでたと思うよ。ササラんのお手製だとは思えないぐらい、カワイイし上手く出来てるから」

「お世辞はいいよ」


9

 下校する生徒たちが沙々羅を好奇の目で見ていく。こんな場所に座って何をしているのかと。

 沙々羅は俯いて膝の上に額をくっつけた。じわりと涙のにじむ瞳を膝で隠す。

 でも、小刻みに揺れる肩に御厨は気づいていた。

「ササラん」

「もういいよ、放っておいて。どうせうちの言葉なんか誰にも届かないんだから!」


「そんなわけない!」


 御厨はいつになく真剣で、大きな声を出した。

 沙々羅は驚いて、涙を拭くことも忘れて御厨を見つめた。


「去年、話したこともない僕の言葉を信じてくれたのは、ササラんでしょ? だったら、僕にだって、ササラんの言葉はちゃんと届くよ」

「御厨……」


「それから、ユイアんにもね」

「ゆい……あ」

 御厨は沙々羅の頭を撫でた。
 優しく、小さな子をあやすように。


「与えてもらうだけが友達じゃないでしょ? ササラんが助けたいって思うのは、友情だよ。色んな感情があるのは当たり前だよ。人間だから。でも、二人は友達でしょ?」


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