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夢見がち

 




「ごめん!

俺、やっぱり無理だわ、

自信ない……!」





向かいに座る男は、

どうやらここがカフェの

オープンテラスということを

忘れているらしい。



テーブルの上に

土下座をするように両手をつき、

額を擦りつけている。



目の前の

綺麗なストレートティーの

グラスにはまだ、

水滴もついていない。





あたしはひどく冷静に

彼を見つめた。





「……自信ないって、何が?」




.

2

 




わざとトーンを落として

口を開くと、

彼は我に返ったのか、

慌てて姿勢を正す。





「わ、判ってんだろ?」



「判らないよ。

だってまだ5日目じゃない。


それであたしの

何が判ったって言うの?」





目の前の

情けなさを漂わせる男は、


今はまだ一応あたしの彼氏だ。





市川勇樹(いちかわゆうき)──


あたしが“ユウ”と呼ぶ彼は、

付き合ってまだ5日目。




.

3

 




「馬鹿言うなよ!


昨夜まででお前も

もう判っただろ?」



「ねえ、

それ真昼間から、


ここでしなきゃならない話?」





あくまで冷静な

あたしの態度と声に、


ユウは泣きそうな顔になった。





「お前、怖い……」





その一言に、初めて眉根を寄せる。





「冗談やめてよ!

友達やめてまで

あたしが欲しいって

言ったのはユウじゃない?


もうちょっと頑張って

見せてくれたっていいと思う!」





「お、

俺だって頑張ったっつーの!


そんなの、

お前が一番判ってるだろ?」





「……。

……そりゃあ」




.

4

 




「俺、キャパシティ

越えるくらい頑張ったもん!


美園、お前こそ努力したのかよ」





ふとテーブルに目を落とすと、

グラスには水滴が

つき始めていた。



氷が溶けて

紅茶の風味が損なわれていく。





ああ、ユウのヤツ、

せめて半分くらい

飲み干してから


話してくれればよかったのに。



お気に入りの

ストレートティーが、

どんどん薄まっていく。





が、ユウは話を

中断することを

許してはくれないだろう。





700円を

無駄にする覚悟を決めた。





「努力も何も、

知らないって言ってんだから

方向くらいはイチが

教えてくんないと駄目じゃない!



自信あるって豪語したくせに!」





「だから、

ごめんって言ってんじゃん……

ホント、今だって死ぬ程

ホレてるけど……


俺じゃお前を幸せに出来ない」




.

5

 




それを聞いて、

まだ少しは前向きだった

あたしの心は

一気に下降線を描き始める。





「あのねえ、ユウ。


勘違いしないで」





いつになく

冷たい声で言ったあたしを、


ユウは「へ?」と

何も判っていない瞳で見つめた。





「“幸せになりたい”だなんて

一言も言ってないよ。



あたしは

“イッてみたい”

って言っただけよ!!」









.

6

 
゚・*:.。..。.:*・゚・*:.。..。.:*・゚





「……あははは!


美園ちゃん、

それは酷過ぎる」





アイスティーの代金は

もちろんイチに

押し付けて来たと言いながら、


談話室の自販機コーヒーを

不満たっぷりで飲むあたしを、

3つ上の梶原(かじわら)さくらさんは

楽しそうに見つめていた。





「酷くなんかないですよ!


ヤリ逃げみたいで、

あたしのプライドが……」



「まあまあ、覚悟はしてたんでしょ?」





「……そりゃ、

何も考えてなかったわけでは」





さくらさんは

肩を震わせて笑いながら、

自然な手つきで煙草を取り出し、

火を点ける。



指先の

淡いブルーに散らされた

ラメが目に入った。



先輩であるさくらさんに対して、

相変わらず隙がない人だなぁ、

と思う。




.

7

 




編集という仕事上

細かい作業が多くて、

気付くと指先は

悲惨なことになっていたり

するんだけど。



さくらさんはあたしの知る限り、

まったくそんなことはない。



たった3つしか違わないのに、

さくらさんは完成された

大人の女の見本のようで、

あたしは密かに憧れていた。





「私は一応止めたわよ。

自分から好きになった人とだけに

したらって」



「そうなんですけど……


友達でも寝てみたら

何か変わるかも知れないし、

とか考えちゃって……」



「んー……

まあ、そんなふうに

始まる人もいるからね。


でも私、美園ちゃんは

じっくり恋愛した方が

いいと思うけど」





綺麗な指先が、

軽く煙草を弾いて

灰が落ちる。




.

8

 




「その歳で無理に

焦ることもないしね。


男の人と寝て、

いけるかいけないかなんて、

相手と精神的なとこが

大きいものだし」



「……そうですかねー……」



「納得行かない、って顔ね」





6畳程の談話室に、

さくらさんの煙を吐く音が

小さく響いた。





「早く幸せに

なりたいだけなんですけどね……」





あたしがぽつりと

本音を零すと、

さくらさんは苦笑する。





「だったら、尚更」





さくらさんは

短くなった煙草を

灰皿に押し付けた。



その動作を追うように、

あたしも缶コーヒーを

ゴミ箱に軽く投げて捨てる。





「そろそろ編集長が

戻ってきちゃうし、行こうか」



「はいっ」




.

9

 




無機質な廊下を歩きながら、

さくらさんはあたしを

振り返る。



そういう些細な動作すら

やけに色っぽくて、

同性ながらどきっとした。





「美園ちゃん」



「はい?」



「経験は大事だけど、

見聞を広めて自分自身を

豊かにすることも大事。


ウチは結構いい本

揃ってるんだから」



「読書……ですか?」





「そう。


恋愛も仕事も、

肝心なのは想像力」





想像力……。




大好きだったはずの活字に、

仕事以外では

最近触れていないことを

思い出した。





「……行き詰まるはずでしょうか。


久しぶりに、

なんか読んでみます」





さくらさんは小さく微笑むと、

パンプスを鳴らして歩き出した。









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